第三十六話 お幸せに

 イザベラ王女様からの質問があまりにも意外だったので、私は何が起きたのかわからなくて驚いてしまう。


「どうした? 答えよ」

「えっ、ああ。そうですね」


 催促されると思っていなかったので、思いついたまま口にする。

 それは、かつての彼女を思い出しながら言葉を紡いだ。


「私は、イザベラ・アレクサンドロス・アロガント様に相応しくないと思ったからです」

「何? 私に相応しくないだと?」


 ギロリと、美人に睨まれるのは少し怖い。

 いや、イザベラ王女様は睨んでいるわけではないのかもしれない。

 元々、美人過ぎる方だ。

 

 目力が強いので、表情を引き締めただけで圧が凄くなる。


「はい。私は花婿候補をするために七年をかけました。ですが、花婿に相応しい人間になれたと自分では思えませんでした」


 かつての私は八年花婿候補の勉強をして、同じ学園で三年間を過ごした。

 ナルシスのような男が近づかないように警戒をして、それでもへこたれないナルシスを毛嫌いして、遠ざけようとして、結果は処刑だった。


 いや、自分の行いが悪いことだったことはわかっている。

 ただ、尽くした彼女から、擁護の言葉は一つも出なかった。

 それは私がイザベラ王女様に相応しくないということだろう。


「ふん、勝手な物言いだな」

「そうでしょうか?」


 吐き捨てるように言われて、私は彼女にとってはどうでもいいのだろうと思えた。

 

「花婿候補をやめたことで、私は視野が広がったように思います」


 ふと、孤児たちの顔が浮かび、領地で働く女性たちの顔が笑顔で浮かんでくる。彼女たちが少しでも笑顔で幸せになってくれれば私自身が幸せを感じられる。


「何?」

「かつての私は花婿になることが全てでした。それ以外はどうでもいいと思ってしまうほどに。ですが、花婿という目標を取り払うと、私に何ができるのか考える時間を持てました」


 かつての記憶があるからこそそう思えた。

 それを言ったところで信じてもらえることではない。


「もう、花婿候補に戻ることはないのか?」

「はい! 今がとても楽しく過ごせていますので、それに花婿はアクラツ殿に決まりましたので、それに口出しをすることはありません。イザベラ様の幸せを心から願っております。そろそろ失礼しますね」


 私はお茶を飲み干して、話を終えたので席を立ちました。

 アルファとリシが私と共に席を立ちます。


「マクシム」

「はっ!」


 イザベラ様に名を呼ばれて、臣下の礼を取る。

 本来は学生である今の立場なら必要はないのだが、条件反射というやつだ。


「……お前も幸せになれよ」

「ありがとうございます」


 なぜだろうか? 王女様から少しだけ寂しそうな声に聞こえた。

 そんなはずはないのに。

 かつての彼女は、一度として私に興味を示すことはなかったのだから。


「あっ!」

「えっ?」


 振り返ると、イザベラ様が立ちあがろうとして、入っていたお茶をこぼしてしまう。中身はそれほど多くはなかったようだが、スカートに小さなシミができている。


「失礼」


 立ち上がってどうしたらいいのか困っているイザベラ様。

 従者たちもどうしていいのか知らない様子で戸惑っている。


 私は深々と息を吐いて、テーブルに置いてあるナプキンを掴んだ。


 制服の裏にナプキンをあて布にして、挟み込むように叩いた。

 ついていたシミはナプキンに移り、スカートのシミがついていた部分を指で揉んで馴染ませる。


「応急処置ですが、シミは残らないと思います。火傷などはされていませんか?」

「えっ、あっああ。大丈夫だ」

「良ければこちらをお使いください」


 私はポケットに入れていたハンカチを手渡した。

 手の甲に少しだけ紅茶が飛んでいるようだ。

 元々、イザベラ様の紅茶は温いので、火傷をすることはないだろう。


「これは?」

「私が刺繍したハンカチです。汚れれば捨てて頂いて構いません。ナプキンを使ってしまったので代わりに使ってください」


 そう言って汚れた手の上にハンカチを置けば、イザベラ様は驚いた顔をする。


「汚れるではないか!」

「ハンカチは差し上げますので大丈夫です」


 思い入れもない練習用に使ったハンカチなので、差し上げても問題ない。

 

「……そうか。すまぬ」

「大丈夫です。イザベラ様にお怪我がなくてよかったです」


 シミ抜きをしたので、午後からの授業で着ていても見栄えではわからない。

 

 今度こそと私はイザベラ様の元を離れようとして、腕を掴まれる。


「どうかされましたか?」

「あっ、いや。なんでもない」


 イザベラ様は何かをいうことなく、私の腕を離してくれた。

 女性の魔法力が発達してからは、男性が力で勝利することはできなくなった。

 特に上位貴族になれば魔力の総量も多く。その力は絶大だ。


 イザベラ様のような王族になれば、無意識に掴まれただけで私の腕に手のあとが残ってしまう。


「お気をつけくださいませ。それでは失礼します」


 今度こそ歩き出すと、今度は呼び止められることはなかった。


 アロマに、今度はこういうことはやめてもらうように言っておこう。

 今日のランチは気疲れしてしまった。


 帰ったら気分転換に刺繍をしよう。

 上げてしまったのでハンカチがなくなってしまった。

 アロマにも何か刺繍をしてあげようかな?


 趣味の刺繍をしているときは気持ちを落ち着けて、気分転換ができるのでありがたい。


 多少は、未練があるのかもしれないな。

 

 イザベラ様に近づいただけでドキドキしてしまった。

 

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