第三十六話 学園が始まって
かつての私は常に王女様の側にいて彼女のために尽くそうと思っていた。
それは、花婿として当たり前のことであり。
彼女に尽くすことこそが、花婿の本懐だと思っていた。
だから、ナルシスがイザベラ様の側を離れている光景を見ると、不思議と大丈夫なのかと心配になってしまう。
イザベラ様は相変わらず何を考えているのかわからない。
ただ、ナルシスの行動を見ても興味がなさそうな態度をとっている。
「あの方は変わらないな」
昔から、あの方はそういう人だった。
プライドが高く、孤高の人という印象だった。
誰かに頼ることなく、泣きたい時でも誰にも涙を見せたことはないような幼子だった。
それはどれほどの覚悟と気持ちがあればできるのだろうか?
「ふぅ、もう私には関係ない話だ」
「マクシム」
「うん? アロマ、どうした?」
「今日はお昼を一緒に取れない」
「そうなのか?」
「うん。ちょっと部下に指導を頼まれた。だから、今日は助っ人を呼んでおいたからランチは助っ人と食べて」
「助っ人? 私はアルファとリシで大丈夫だよ?」
「良いから」
「わかった。アロマはいつも私のことを考えてくれているからな。任せるよ」
言い出したこちらの要望を聞いてくれないアロマのことだ。
素直に聞いて落ちても私のマイナスになることはないだろう。
私のことを心配して言ってくれているのは間違いない。
授業を終えて食堂へ向かう。
食堂に入ると、王女様の護衛であるサラサが出迎えてくれた。
彼女は子爵家出身だが、王女様への忠誠心が高く、アロマと対を成す騎士だ。
なるほど、彼女をアロマの代わりに寄越してくれたのか?
「マクシム様。こちらへ」
「すまない。サラサ」
「えっ? 私は名乗ったことがありましたか?」
あっ! かつての癖でいつもの呼び方をしてしまった。
「あっ、いや、クラスメイトだからな。名を知っていたんだ。名前を呼ぶのは嫌なら、グロース嬢と呼ぼう」
危ない! 仲良くなってもいない女性の名を呼んでしまうとは、気をつけなければならないな。
「いえ、マクシム様でしたら名前を呼んでいただいて構いません」
あまり表情を変えない彼女だが、顔を赤くして頬を緩めている。
「よかった。それではこれからもサラサと呼ばせてもらうよ」
「はい!」
なぜか、嬉しそうな顔をされてしまった。
彼女についていくと、そこにはイザベラ王女様とナタリー嬢が座っているVIP席へと案内される。
「はっ?」
「どうしました?」
サラサが疑問を浮かべた顔で私を見る。
「あっいや、私のような者がお邪魔しても良いのでしょうか?」
「アロマに聞いていませんか? 今日はアロマに変わって食事をしてほしいと頼まれまして」
「そうだったのですね。お二人ともお邪魔致します」
居心地が悪い。アルファとリシを同じ席に付かせるわけにはいかないので、彼女たちはナタリーの従者と同じ席に座ってこちらを見ている。
「ご機嫌よう、マクシム。久しぶりね。こうして話すのはいつぶりかしら?」
ナタリーが場を和ませようと話しかけてくれた。
彼女は昔から頭が良くて、他人に気を遣える優しい人だった。
将来は氷の宰相などと呼ばれるが、それに至るまでの過程が悲しいので、彼女の未来を変えられたら良いのだが。
幼い頃の私は上位貴族の集まりに顔を出していたので、彼女たちとも面識がある。そして、私はイザベラ王女の花婿になるために教育を受けだしてから疎遠になっていた。
「そうだな。数年ぶりだろうか?」
七歳の頃までは参加していたので、八年ぶりぐらいになる。
「あなたの雰囲気は随分と変わったのね」
「そうだろうか? 自分ではわからないよ」
イザベラ王女様は一度も話すことなく、ナタリーが話しかけてきて私が答える食事が続いた。
ティータイムの時間になり、アルファたちが用意をしようとして立ち上がる。
だが、私はそれを制してお茶を私が入れると指示を出す。
かつてのティータイムは全て私が王女様のお茶を用意していた。
それは、彼女が実は猫舌だからだ。
プライドの高い彼女はそれを悟られないように従者にも言っていなかった。
私はたまたま知る機会があり、それからは私が入れるようにした。
彼女の弱点の一つで、お茶は熱すぎては飲むことができない。
逆にナタリーは熱々のお茶が好きなので、温度差をカップを温める必要がある。二人に美味しいお茶を飲んでもらうためには温度管理が大切なのだ。
ポットには100度近くのお湯が入れられて運ばれてくる。
これはどうしても熱々のお茶を飲んでもらうために、冷まさないために必要なことなのだが、それではイザベラ王女様が美味しく飲むことができない。
三つのカップのお湯を注ぎ温める。
茶葉を入れるポットに一人分のお湯を注いで蒸らすて少し冷ましてあげる。
そこへ二杯目のお湯を注いで、三つのカップのお湯を捨てる。
一つ目のカップへお茶を入れていく。これはサラサ用の通常のお茶だ。
香りが良く温度も丁度いい。
ポットに残ったお茶をもう一つのカップに注いで、砂糖を一個半添える。
最後に風魔法を使って冷まして丁度良い温度にしてから、イザベラ王女様の前に置く。次に入れていたお茶をサラサの前に置き。
最後に残った熱々のお湯をポットに注いで、茶葉に香りが飛んでしまう。
だが、そのまま熱々のままカップに注いで砂糖を二個添えた。
「ふぇっ?」
手際の良さにナタリーが驚いた声を出す。
私としては何百杯も入れたお茶の淹れ方なので、慣れてしまった。
「どうぞ召し上がれ」
最後に残ったカップに常温で私もお茶をいただく。
「いっ、頂きます」
ナタリーとサラサがカップに口をつけてホッと息を吐く。
その姿を見てイザベラ様もお茶を口にした。
イザベラ様は驚いた顔を見せたが、黙ってお茶を飲み出した。
「美味しい!!!」
「本当に丁度良いです」
ナタリーとサラサからお褒めの言葉が上がる。
「よかった。お茶を入れるのは得意なんだ」
私の回答に二人は納得してくれたようだが、イザベラ様が初めて私を見た。
「どうして花婿候補を辞退したんだ?」
「えっ?」
それはあまりにも意外な言葉だったので、私は驚いて言葉を詰まらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます