side ー 聖男 5

《sideナルシス・アクラツ》


 僕はやったんだ。やってやったんだ。


 魔術を極め、勉学に励み、絶対なる存在として、次期女王の花婿に選ばれた。


「何をニヤニヤしているのですか?」

「ウルセェよ! もうお前は用済みだ! アーデルハイド!」


 僕は晴れて自由の身になるんだ。

 あとは、美人の王女様の体を自由にして、子供を産ませれば、僕の役目は終わりだ。


「そうですね。あなたは花婿候補に選ばれました。見た目も他の方々の追随を許さないほど整っていて、礼儀作法も私が教えた通りに披露されました」

「そうだ。ここからは、王女様に気に入られるようにしていれば花婿になって一生安泰だっての」

「それはどうでしょうか?」

「何?」


 アーデルハイドが、メガネをキラリと光らせる。

 いつも嫌な事を言う時は、あのメガネが光りやがる。


「何か勘違いをされているようですが、花婿候補はお気楽な気持ちできるようなものではありませんよ」

「どういう事だよ?」


 こちらをバカにしたようにため息を吐く。


「良いですか? 花婿候補とは、あくまでです。正式な決定ではありません。花婿としての人格や能力を学園在学中に学ぶのです。その上で、王女様が正式に花婿に任命することになります」


 それぐらいは僕にだってわかっている。

 これでも人付き合いは苦手じゃない。


「また、花婿になれば、今度は王国の父として、王国に住まう人々の安寧のために身を粉にして働かなければなりません」

「ハァっ! そんなの聞いてねぇよ! 女王がトップだろ? 男は子供を産ませれば、あとは食って寝て過ごすだけだろうが!」


 そんで浮気やり放題。金も使いたい放題だろ?


「そんなことが許されるはずがないでしょうが、女王様の側に常に寄り添い。外交や王国の支援。国の舵取りから、市場管理までありとあらゆることを一緒に考えていくのです。そのための授業をしたでしょうが!」


 アーデルハイドの怒声と、これまでの地獄のような勉強の日々を思い出して吐きそうになる。


「マジかよ。うわっ! 絶対嫌じゃん。僕やっぱり花婿候補降りるわ」

「ダメです。もう、降りられません」

「なんでだよ!」

「すでに花婿候補として、発表されたからです。学園の入学も決まり、今後は王女様の横に侍り、常に共に行動をしなくてはいけないのです」

「最悪じゃぇねか! 僕に自由はねぇのかよ!」

「ありません!」


 アーデルハイドのハッキリとした物言いに愕然とする。

  

 制服が届いて、入学式の日になる。


 入学式から、王女様の横で笑っていなければならない。わざわざ王女様が用意した馬車がやってきて、俺と従者のリリーとガーリが乗り込む。


 この一年、アーデルハイドの指導が凄まじかった。


 リリーは世紀末モヒカンデブだったのに、今では筋肉モリモリの世紀末マッチョ女子になった。

 ガーリの方は全身ガリガリ包帯女だったのに、今では普通に可愛らしいメイドに見える。中身はヤンデレ危ない系メイドなので、絶対に手は出してはいけない。


 マッチョとヤンデレ。とにかくキャラの強い従者を連れて学園の校門の前に到着する。馬車を降りると。


「「「「「「「ぎゃああああああああ!!!!!!」」」」」」」」


 僕は降りてすぐに上がった奇声に、体をビクッと震わせてしまう。


「なっ、なんだ?」

「ふむ。丁度到着したようだな」

「えっ? あっ! これはイザベラ様。ご機嫌麗しく」


 いきなり出てくるなよ。素の顔を見せちまったじゃねか?!


「うむ、いきなりか。ああ、楽にしてくれ。それに今からあの騒ぎの中を通らねば、入学式会場にもいけないからな。今後は花婿としてよろしく頼む」

「はっ、はい! ナルシス・アクラツ生涯をかけて!」

「うむ。良い心がけだ。あいつと違って気難しそうでもない。私は野心はあるが少しぐらいは抜けている男が好みだ。その点、ナルシスは顔も良ければ性格も良いようだ」


 そう言ってイザベラ様が、僕の尻を撫でた。


「なっ!」

「ふふ、少しばかり痩せすぎだな。私は筋肉質な男が好きだ。もっと食べて筋肉をつけるんだな。そろそろ行こうか」

「えっ、あっ、はい!」


 戸惑いながら、王女様に終始引っ張られるように入学式会場に入っていく。

 大きなオペラハウスのような建物には舞台があり、舞台を見るように客席が用意されていた。


 僕の席は、王女様の隣に用意されたVIP席で、後にリリーとガーリが立つように控える。

 王女様の後ろにも一人だけだが、とびきり美女が立っている。


「アロマはどうした?」

「マクシムと入るから護衛はできないと」

「あいつは! 私の護衛隊長である自覚がないのか!」

「最優先はマクシムだと言っていました」

「あいつらしいな。わかった。護衛は頼むぞ」

「かしこまりました」


 どうやらもう一人護衛がいるようだが、別の用事で来れないようだ。

 王女様も美人だが、従者も美人で、これまで生きてきた中で、母さんとアーデルハイド以外の美人をやっと見た気がする。


「首席挨拶をしてくるから、婿殿はしばし待たれよ」


 立ち上がったイザベラ王女様は、私に一声かけて美人従者と共に席を退出していく。

 僕はやっと息を吐くことができた。


「マジかよ! 場違いすぎて慣れねぇ」

「主人。男前だったぞ」

「かっこいい」


 従者の二人から褒められても嬉しくない。

 こいつらは常に男を求めるハイエナのような存在だ。

 貞操が重んじられる手前、王女の花婿は純潔でなければならない。

 こいつらはヨダレを垂らしながら僕を狙っているが、アーデルハイドに阻止されて何もしていない。


 早々に王女様に純潔を捧げて、適当な妾を持ちたいものだ。


 そんな事を考えていると壇上にイザベラ王女が現れて、首席合格の挨拶をしている。


 ちなみに僕の成績はSクラスだが、最下位の成績だった。


 魔法は優秀だったが、筆記が全くダメ。

 実技は正直得意じゃない。魔法は楽しいが戦うとか野蛮だろ?


「以上を持って入学の挨拶とさせていただく。学園を楽しませてくれ!」


 王女の言葉に拍手が巻き起こり、彼女が帰ってくる姿が見える。


 しばらくは緊張する日々が続きそうだ。

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