第三十二話 啖呵

「どっ、どうしてブラックウッド侯爵様が!!!」

「アング子爵。これは一体どういうことですかな?」

「どっ、どういうとは? 見ての通りでございます」

「ほう? 見ての通り? 私には、其方の配下である冒険者が、我が息子とその配下を取り囲んで襲ったように見えるが?」


 母上が目を細めて威圧を込めた力を発揮する。


 さすがは大将軍になられる母上だ。

 普段の柔らかで穏やかな雰囲気はどこにもなく、母上の背中に恐ろしい何かが浮かび上がって見える。


「ひっ! そっ、それは違います!」

「何が違うと言うのかね? 冒険者たちは倒れているではないか? それに我がブラックウッド家の騎士隊長が傷を負っているようだが?」


 ベラの傷に視線が集まる。


「わっ、私はご子息に社会の厳しさを教えていたところです。ご子息様が我が領の冒険者に怪我を負わせた上で送り返して来たため、冒険者にも生活があるため賠償してほしいと言っていたのです」

「本気で言っているのか?」


 あまりにも滑らかに嘘をつくアング子爵に、私は呆れを通り越しいて関心をいただいてしまう。

 人とは危機的状況になると、ここまで嘘をつけるのか?


「あっ、当たり前です。それをさらに暴力を振るって我が領の冒険者たちが抵抗しないことをいいことに。殴る蹴るの暴虐無人な振る舞いをしたのです。そんなマクシム殿に貴族として礼儀を教えようとしていたのです」

「へぇ〜」


 母上は、アング子爵の言葉を否定することなくただただ聞く側に回っていた。

 

 私は母上がどのような沙汰を下すのかわからない。

 母上とサファイアが、王都に戻る私に合わせて、こちらに来ると事前に連絡をもらっていた。それを早めてもらうためにミーニャたち獣人娘を信じて手紙を託した。


 それを見てくれて、ここに来てくれたのだと思うが。

 私としては母上の考えがわからない。


「でっ、ですから、ブラックウッド侯爵様には、我が冒険者たちに与えた損害に見合う損害賠償金を請求して、マクシム様には私への詫びとしてしばらく私の根城で貴族としての礼儀を教える期間を」

「決闘じゃ!!!!!!」


 えっ?!


「えっ!」

「黙って聞いていればグダグダと我が愛する息子の悪口を言いおって! 貴様がいくら弁を並べようとそんな物はどうでもいい!!! 貴様は我の物を愚弄したのだ。覚悟はできているのだろうな!!」


 母上! 先ほどまで聡明なお姿を見せていたのに、決着があまりにも野蛮です。


 ですが、これは有効なのか? 貴族の中には誇りをかけた決闘はあり得る話だ。決闘を申し込まれた者が選択できるのは二つ。


 決闘を受けるか、拒否するか。


 決闘を受けた場合は、相手が強いと思えば代理人を立てることができる。

(用意する時間は一時間と限られているが)


 拒否した場合は貴族として名誉を守らなかったとして、降伏を意味する。


 負けた者は勝った者に求められた物を差し出さなければならない。


 ただ、決闘は相当な理由がなければ行われない。

 貴族の誇りをかけた戦いだからこそ、互いに負けられない戦いになる。

 格下に決闘を挑む際は、格上が負けた時のリスクは全てを失うほど大きい。


 貴族が決闘をすることはリスクの方が大きいので、決闘を申し込むのは、余程の誇りを奪われたか? 余程の馬鹿なのか? 母上は私のために誇りをかけて戦ってくださるのですね。


「わっ、わかっているのですか!? 決闘ですよ! このようなことで!」

「このようなこと? 貴様は我の最も大切な物を愚弄したのだ。覚悟せい!!! すでに挑んだ。残り時間は一時間を切っている」


 母上が砂時計を取り出してひっくり返す。


「貴様が戦うのか? それとも代理を立てるのか決めよ!」


 毅然とした態度を取る母上。


 そして、冒険者はすでに全員倒れ。

 代理になる者はいない。


 受けても地獄、降伏しても地獄。


 すでに決着はついている。


「……こっ、降伏致します。いっ、命だけは」

「よかろう。ならば、我の求めはマクシムへの謝罪。そして、今回の事件の非を認め、貴様の爵位を娘に継承せよ。約束はここで魔法の契約にて行ってもらう」

「くっ! 殺生でございます。これでは騙し打ちではありませんか?!」

「黙れよ!」

「ひっ!」


 母上の後に、先ほどよりも禍々しい気配が浮かび上がる。

 私も冷や汗を出してしまうほどだ。


「貴様はマクシムに対して騙しうちをして、捕えよとしただけでなく。マクシムを悪者として、声高々に我の前で罵り、命があるだけありがたいと思えよ。もしも、貴様が貴族として、のさばるなら二度は無いと思えよ」


 母上の啖呵に役者の違いが現れる。

 アング子爵は、ペタンと座り込んで現れた時よりも老け込んだように見える。


 その後は、母上とアング子爵の間で魔法契約が結ばれて、今回の件は終わりを迎えた。私は怒りを表す母上を初めてみた。

 怒らせてはいけないと、恐ろしいと思ってしまう。


「マクシム」


 契約を終えた母上が戻ってくる姿に緊張して体を固める。

 そんな私を母上が抱きしめてくれた。


「よくぞ母を頼ってくれました。大きくなりましたね」

「母上、お久しぶりです。来てくださりありがとうございます」

「あなたが作り上げた領地を、祖母様が絶賛していましたよ」

「マヤ様が?」

「ふふ、あなたに強く当たって嫌われたといじけておられたので、後で仲直りしてあげてね。あなたがすることが上手くいくように働きかけてくれていたようだから」


 マヤ様の気持ちにも気づいていませんでした。


 まだまだ、お二人には敵いませんね。


 母上と共に領地に戻り、サファイヤ、マヤ様と共に家族四人で夕食をとりました。春になれば学園に行かなければいけないので、しばらく家族で過ごす幸せを感じました。




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