第二十六話 視察 終
夕食時にマヤ様と対面して食事をとる。
マヤ様から夕食に顔を出せという命令があったからだ。
「どういうことだい、マクシム!」
着席した私にマヤ様から怒りが込められた問いかけがなされる。
「何をでしょうか?」
「とぼけるんじゃないよ! ハバック商会の小娘を妻に娶ると約束して金を引き出したそうじゃないか! そんな汚い手を使って、貴族の矜持はないのかい?!」
マヤ様は騎士であり、貴族なのだろう。
だが、私は一度死んだことでブラックウッドの誇りはあっても、矜持は持ち合わせていない。
「何がいけないのかわかりません。これはブラックウッド領に住む領民を救うための手立てです。何より、グレースは悪い女性ではなかった。困窮するブラックウッド領を必死に支えてくれる商人の一人でした」
「そんなことを言っているんじゃないよ! あんたが犠牲になることで、領民は助かるかもしれない。だけどね、ブラックウッド侯爵家の名は地に落ちたよ!」
立ち上がってテーブルを叩くマヤ様。
私は深々とため息を吐く。
「何もブラックウッドの誇りに恥じることはしておりません」
「嘘をお言い! こんな卑しい方法がどこが騎士の誇りだというんだい!」
「弱者を救うためです」
「なっ!」
「騎士の誇り。それはもちろん大切です。弱者を救うのですから。ですが、誇りを重じていてはご飯が食べられません。せっかく助けた弱者を殺すことになります」
睨むマヤ様の瞳を真っ直ぐに見つめて宣言をすれば、全身の力を抜いてマヤ様が椅子へと腰を下ろす。
「ハァ、元々真面目な子だと思っていたが、ここまで真っ直ぐに民を考えるあまり、自分を犠牲にしてしまうなんてね。それで? あんたは傷物になったわけかい? 男の価値を落としてまですることなのかい?」
「私は男の価値を落としたとは思っていません。むしろ、私は世界の広さを知ったと思ったぐらいです」
「どういうことだい?」
グレースは数代に渡ってブラックウッド領で商人として根を張り、我が領を支えてくれた。他の領に行って稼ぐことも、我が家を食い物にして豪遊もできたのに、それをしないで支えることを選んでくれた。
そして、彼女は私に妻にしてくれるなら全てを捧げるとまで言ってくれた。
夫として囲うのではなく、《捧げる》と言ってくれたのだ。
私を一人の人間として見てくれている。
貴族の息子でも、男性の価値でもなく、対等な人としてグレースは対応してくれた。
「マヤ様、あなたは戦場で命を落とすことを誇りに思いますか?」
「何を? 当たり前じゃないか」
「同じです」
「何?」
「私は、民のために身を捧げることを誇りに思います。そして、自分の価値を決めるのは自分でありたい。他人からされる評価など後から判断してくれればいい。私が自分の価値があると思ったことをしたい。グレースを妻にすること、大切な女性たちを愛すること。そして、愛する民を守ること、それを尻軽や、悪い男だと言われようと自分のしたいことをしているなら満足です」
私は夕食が運ばれてくる前に席を立った。
「私の意見がわからないのであれば、せめて口出しをしないでいただきたい。私が歩んだ後を見てください」
「本当に……纏う雰囲気が、死を覚悟した歴戦の戦士のようだね」
マヤ様はその言葉を発して、私が部屋を出ることを止めなかった。
♢
最後に向かった視察の場所は南の地だった。
穏やかな気候と草原と森、緑が溢れる土地と、海沿いに面する海運まであり、ブラックウッドが交通の要所ではなく王国の端にある田舎であることが理解出来る。
海はあっても、港もないため海運業が機能していない。
小さな小舟で漁に出ているだけだ。
「北の方では米は作れませんよ」
「視察に同行してくれてありがとう、グレース」
「我々も失敗はしたくありませんから、それにマクシム様の考える政策は、実際に見ないと判断ができない場所も多くあります」
南の領土は、野菜の栽培や広大な土地があるお陰で家畜の育成も上手くいっている。村人が食べていける食料は確保できている。
だけど、明確に農業や畜産が管理されていないので、どれくらいの量が取れるのか算定がなされていない。
何よりも、管理されていないため無法地帯となっている土地が多い。
王都から離れた田舎であるため土地はある。人もいる。
だが、知識と管理が行き届いていないので無駄が多い。
「なるほど。これらを正しく管理して契約を結んでしまおうと」
「そうだ。北の地で取れる米と小麦。南の地で取れる野菜と肉や海の幸。それに加工食品」
「加工食品とは何ですか?」
「チーズや保存が効く物のことだ」
これから十年ほどで様々な発展を遂げる王国で流行った品物については、市場を知る花婿候補の勉強で学んでいた。
かつての未来で知り得た情報を、ブラックウッド領の田舎で実験を行う。
「北と南を繋ぐ道路整備も必要になりますね」
「ああ、それも含めて人材が多いブラックウッドは強い」
「まさか、そこまで考えておられたとは」
実際に南の地を見たことで、ブラックウッドは発展できると確信が持てた。
寒い間は南の地から、暖かくになるにつれて北の地を道路整備して、魔物からの脅威も退けたい。
領民の食料と安全。そして、仕事を与えることで、ブラックウッド家が抱える弱者救済を救って良かったと言わせてあげたい。
「素晴らしいです」
「ありがとう。グレース、君には色々な手伝いをしてもらうことになる」
「何なりとお申し付けください。私はあなた様に賭けたのですから」
「ああ、まずは契約書の作成と、文字が読めない者にでもわかるように説明できる者の確保が必要だ。そして、何をするのか計画を煮詰める」
「やることは多岐に渡りますね」
「ああ、アルファ。協力してくれ」
「かしこまりました」
アルファとハバック商会員が事務的な手伝いを。
ベラとリシが領民の護衛と整備や魔物討伐の指揮を。
それぞれが出来ることを、私の指示で行ってもらい。
あっという間に半年が過ぎた。
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