第二十一話 帰省

 アロマに告白をされて唖然としていると、ベラが間に入り込む。


「アロマ嬢、貴族同士なんだ。簡単に婚姻が決まるはずがないだろ。それにマクシム様は現在、領地へ帰省なさる準備をしている」

「領地に帰るの? どうして?」

「王都ですることがないからだ」

「学園は?」

「それは一年後だろ? 一年後には戻ってくるつもりだ」

「……わかった。今日は引く。だけど覚えておいてほしい。私はマクシムが好き。マクシムが花婿候補を辞退して、王女様の夫にならないなら、私と結婚してほしい」


 上位貴族は子孫繁栄を望まれるため、花婿候補から漏れた者の中から結婚相手を見つけるのは珍しいことではない。

 だが、花婿候補を辞退した以上、アロマの望みからも外れたことになる。

 何よりも女王様の側近として仕えるアロマとは極力距離をとっていたい。


「アロマが私を思ってくれていたことは嬉しい。だが、私には私の事情がある。すぐには答えを出せない」

「わかった。待つ。だけど、私は好きになってもらう努力もする。いい?」

「好きになってもらう努力?」

「いい男は多くの女が望む物。だから、私は負けたくない」


 アロマが真剣な目で私を見る。

 気持ちに偽りはないようだ。


「わかった。アロマの気持ちは嬉しい。真剣であることも伝わった。だから私も邪険にはしない」

「ありがとう。私、頑張る」


 何を頑張るのか理解できないが、アロマは満足した様子で、屋敷を後にして行った。


「兄様! あのようなことを言ってもよかったのですか?!」

「あのようなこと?」

「アロマ姉のことです! 好意を受け入れるようなことを言ってしまったら、アロマ姉は本気で兄様との結婚を目標にしてきますよ!」

「それは悪いことなのかい?」

「えっ?」

「私はアロマの好意を知らなかった」


 そう、かつての私は、アロマが私を好きなことを知らなかった。

 彼女は無口で、王女に尽くした冷徹な女性だと思っていた。

 私が死ぬ時も何も言わず無感情にしていた。


 だけど、その瞳が私の死を悲しんでくれていたのなら、悲しませたくはない。


「さて、アロマも帰ったんだ。そろそろ帰省の準備に戻るよ。明日の朝には出発だ」

「大丈夫かな? アロマ姉って昔から見境ないから、いきなり夜這いとかしないかな?」

「その辺は考慮して警護を増やしておきます。それに私かアルファがいればマクシム様に辿り着くことは不可能です」

「うん。わかった。ベラ隊長、お願いします」

「任せておきな!」


 何やら妹と隊長が握手を交わしているが、私には関係がないので、自室へと戻ることにした。


 それにしてもアロマが私を好きだったとは、全く気づくことがなかった。

 それにサファイアやヴィも私を大切に思ってくれている。


 かつての私は何を見ていたのだろうな。



 馬車に荷物を積み込み、護衛をしてくれる騎士たちが顔を見せる。


「それでは母上、サファイア、行ってきます」

「気をつけるのですよ。道中は危険な魔物が出ます。男性なのですから、しっかりと護衛に守られて、自分の身を最優先にしなさい」

「はい。ありがとうございます。母上」

「兄上!」


 母上が私を頭を撫で、サファイアに抱きしめられる。

 母と妹は私をしっかりと愛してくれている。


「サファイア、しっかりと勉強するんだぞ」

「はい! 来年の年明けに会えるのを楽しみにしております」

「ああ。私も楽しみにしているよ」


 私はサファイアをしっかりと抱きしめ。

 次に母上。そしてヴィを抱きしめた。


「マクシム様を守れるようになってる」

「ああ、ヴィも頑張れ」

「頑張る」


 大好きな三人に見送られた、私は馬車に乗り込んだ。

 他にもメイドや家令、騎士たちも見送りに来てくれたので、皆に手を振って屋敷を後にした。


 王都は貴族街を抜けると平民街に出て、それると貧民街だった場所がある。

 今では平民街と変わらない賑わいがあり、私はその光景を嬉しく想いながら、王都の門を潜った。


 実はかつての私は王都から出たことがほとんどない。

 領地があると言っても、本当に数回程度しか行ったこともなく。

 花婿になること以外は興味がなかったので、自分の領地のことも知らなかった。


 だが、ブラックウッド家が統治している領地のこと今の私は調べ、領地経営がうまく行っていないことを理解してしまった。


 騎士の家系として、誇るべき功績は残しているが領地を運営するというのは騎士をしていればいいというわけではない。

 むしろ、軍備は金ばかりかかって、生産性がなく、ブラックウッドは功績と報酬金で食い繋いでいると言ってもいい。


 貧民街を救うことができた資金も母上が功績を上げた報奨金なのだ。


 そんな状態では、いつまでも大勢の者を救うことはできない。


「マクシム様は領地に行って何をなされるのですか?」

「まずは、領地の視察。それから私の知識でできる範囲のことをしようと思っているよ」

「できる範囲のことですか? いったい?」

「その辺は視察してみなければわからないが、緊急を要するとは思っているんだ」

「緊急ですか?!」

「ああ、そうだ。アルファ、どうか私に力を貸してくれ」


 私が身を寄せて手を握れば、アルファは顔を赤くして頷いてくれた。


「もっ、もちろんです。マクシム様の望みは全て叶えてみせます!」


 アルファは頭も良い。

 まずは、ブラックウッド家の経済状況から整理することになるだろうな。

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