第十三話 奉仕活動 5

 孤児たちの教育を行うと同時に、私は母上にお願いして貧民街の掃除と炊き出しをしてもらうことにした。


 私は色恋にかまけるあまり、本来貴族として果たすべき義務を蔑ろにしていた。ブラックウッド家は騎士の家系であり、武人であると同時に弱者を守る騎士としての誇りを持たねばならない。


 それなのに、かつての私は嫉妬と愛に狂ってしまって本来の自分が行うべき本分を見失ってしまっていた。


「マクシム様は最近活動的ですね」

「アルファは私が活動的なのは、嫌か?」

「いいえ、マクシム様が様々なことにご興味をもたれるのは良いことです」


 アルファはどんな時でも私にとっての絶対的な味方だ。

 だが、私はずっとそばにいた彼女のことを知らない。

 幼い頃に我が家に引き取られ、メイドとして身寄りもなく私の世話をしてくれた。そして、死ぬその時まで私を思っていてくれた。


「アルファ、私は君のことが知りたい。君のことを教えてくれないか?」

「なっ! マクシム様が私のことを! 最近は、幼い子ばかりに興味を示しておられていたので、てっきり私には興味がないと思っておりました!」


 アルファに私はどう思われているのだろうか?


「そんなことはないよ。アルファにはいつも助けられてばかりだからね。いつものお礼がしたいと思っても、私があげられる物は、前に渡したハンカチぐらいだ。他に君が好きな物や、君が何を考えているのか知りたいんだ」


 私は心から感謝していることを伝えたいと本気で思っている。


「わっ、私のことをですか? それは嬉しいと思いますが、私など大したことはありませんよ。ですが、そうですね。もっとマクシム様とお話しをしたいです」

「お話し? そんなことでいいの?」


 私としてはもっとプレゼントなど贈りたいのに。


「はい。お話をしてくれるってことは、マクシム様が私のために時間を作ってくださることが嬉しいのです」

「そう言うものか、それじゃ今日は一日何もないから、一緒に話をしようか?」

「よろしいのですか?」

「ああ、アルファには感謝しているからね」


 アルファがお茶を入れてくれて、私たちは話をする。

 同い年で褐色の肌。白い髪は美しく。

 将来はもっと凛々しい感じの美人に成長する彼女のことを私は駒のように扱ってしまった。


「どんなお聞きになりたいですか?」

「そうだね。私はアルファに全て命令して言うことを聞いてもらった。だが、君自身の考えなどは聞いたことがないように思う。だから、君はどんな物が好きで、どんな物が嫌いなのか教えてくれないか?」

「好きな物と言いますか、好きな人はマクシム様です」

「ありがとう。私も大好きだよ」

「ハゥウ! ハァハァ夢ではなかったのです」


 何やら息切れをして胸を抑えながら、顔を赤くしている。


「きっ、嫌いな物はマクシム様に害する物全てです」

「ふふ、それじゃアルファは、私のことが好きで、私に害する物は全て嫌いということかい?」

「そうです!」


 アルファの基準は、全て私が中心になっているんだな。


「アルファはどうしてそんなに私を大切にしてくれるんだ?」

「それはマクシム様だからです」

「何? 私だから?」

「そうです。マクシム様は覚えていらっしゃらないと思いますが、私がここに初めて来た際に、マクシム様は言ってくださいました」


 私はアルファに対してなんと言ったのだろうか? 全然覚えていない。


「私がメイドとして戸惑いながら、過ごしていた日々の中で、初めてマクシム様にお会いした時。マクシム様は私の手を握り、君はこの家に来て心細いだろう。ならば、ずっと私の側にいればいい。そう言ってくださいました」


 あぁ、そんなことを言ったような気がするな。

 

 だけど、そんなことで? 子供なりに彼女を元気づけようと思ったんだと思うが。

 今の言葉のどこに私を好きになるところがあるのだろうか?


「マクシム様。この世界で男性は特別な存在なのです」

「それは知っているよ」

「いえ、マクシム様が考えるよりも、辺境や田舎に行けば、男性は神聖視されるような存在なのです」

「神聖視?」

「はい。辺境に住む者にとっては男性を生涯見ることなく一生を終える者も少なくありません。私もマクシム様に会うまでは男性を見たことがない一人でした。ですから、神に近い存在である男性が私を側に置いてくださる。マクシム様にお会いした、私が感じた気持ちはマクシム様は計り知れないほどの衝撃だったのです」


 やっぱり彼女のことを知ろうとしてよかった。


 私は男で、生涯彼女のような気持ちを知ることはできないだろう。


 そして、彼女は私は神としてみているのは少しだけ寂しい。


「私は人間だよ」

「もちろんです! むしろ、人間でいてもらわなければ、私がマクシム様を愛せません!」


 アルファの力強い宣言に嬉しくなる。


 彼女のことをもっと知りたい。


 彼女の想いを理解したい。


 それが、女性を知ることに近付くように思えた。


「アルファ、またいつでも話をしよう」

「嬉しゅうございます」


 礼儀正しく頭を下げるアルファの姿は、とても美しかった。

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