side ー 聖男 2

《sideナルシス・アクラツ》


 僕は自由を手に入れた。

 

 母さんは僕に依存しているけど、お金の管理も習い事も全てが僕が思う通りになった。それに僕の見た目は女性と見分けがつきにくい中性的なため、街中をゆったりとした服装で歩いていればそれほど問題にならない。


「クンクン、なんだ? この辺に男の匂いがするぞぅ〜」

「ヒャヒャヒャ! 男日照り過ぎて、とうとう幻臭までするようになったか?」


 世紀末かよ。


 露出の多い服を着たモヒカン巨太女とガリガリ病的な包帯女の声に僕は面倒ごとになる前に路地を出て小道へと入る。


 男爵家は貧乏なので、平民の市場で買い物をすることが多い。

 だから、ついついいつもの場所に足を向けていた。


 だけど、今の僕は好きに買い物ができて、好きな物を食べられる。


 ポケットに入った金貨を握りしめる。


 金貨は、元の世界では10万円ほどの価値がある。

 

 これだけあれば平民の生活が一ヶ月は過ごせることができる。


「ふふ、さぁて少しぐらい良いところに買い物に行っても良いよね」


 僕はずっと気になっていたデパートに入ることにした。

 貴族には個人で注文するオーダーメイドと、中級貴族が入るお店が存在する。

 そういうまとめて購入ができる大型店は、前世の記憶にあるデパートに近い。


「やっぱり大型店はいいね。色々な物が売ってるみたいだ。科学の発展の代わりに魔法の発展がなされて魔法を使うことで便利な道具が使えるんだね。魔導コンロは便利だな」


 魔導製品を見るのって凄く面白い。

 娯楽らしい娯楽がないから、こういう便利グッズが面白く見えてしまう。

 魔法の訓練と、肉体強化に費やす時間は、面白くはあるけど物足りなさも感じる。


 貴族だけが読む新聞があることも知らなかった。


「よし、母さんに魔導コンロを買って行ってあげよう。料理は得意じゃないから、覚えている料理はそんなにないけど。いくつか思い出しながら開発すれば、資金を増やすことができるかもしれないからな。クレープとかなら簡単かな?」


 僕はいくつか魔導製品の目安をつけて、母さんにおねだりすることを決めた。


 明日から花婿修行をするなら、家から出る時間も無くなってしまうそうだ。


「この世界のことを知ることも大切だからね」


 僕は市場調査ができたことで、嬉しくなって店を出た。


 油断していたと思う。


 ーードスン。


「痛っ!」


 店を出て曲がり角で人にぶつかってしまう。


「おや〜、やっぱり男の匂いがすると思ったんだ」


 ぶつかって転倒した拍子にフードが取れて顔が見えてしまう。

 見た目だけなら、女性と間違えるはずなんだけど、臭いで勘付かれるなんて思いもしなかった。


「やっだ〜可愛い! 捕まえた」


 世紀末巨太女に捕まった僕は抜け出そうと踠くけど、大人の女性がこんなにも強いことを知らなかった。

 

 ヤバい。

 

 このままだと襲われる! いやだ。こんな奴らに好き勝手されてたまるか!


「アイ「そこで何をしている!」す えっ?」


 僕が魔法を使おうとしたところで、男らしい低い声が響く。


 男なのに街中で堂々とした声を発したことに、僕は驚いて魔法の詠唱を途中で止めてしまう。


「あっら〜。またイケメン! 今度は凛々しいタイプなのね! アタシはリリ〜あんたもアタシの物にしてやんよ」


 僕を片方の手で抱き抱えて、もう片方で止めに入った男性に手を伸ばす。


「雷よ!」


 バチン!


 男の周りに電気が生まれて、世紀末巨太女の手を弾いた。


「痛っ! 痛い! 痛いよ〜!!!!」


 電気の痛みを感じた瞬間、世紀末巨太女が叫び声を上げ出した。

 僕は締め付けられて、余計に息ができなくなる。


「ハァ、女性に対して暴力は振るいたくないのだが、瞬足」


 男がため息を吐くと、僕は男に助けられてお姫様抱っこをされていた。


「大丈夫ですか?」


 僕は咄嗟にフードを被った。男が男に助けられるなんて恥だ。

 

「えっ、ええ、ありがとうございます」


 裏声を使って女性っぽいを声を装う。

 恥ずかしい。どうして僕がこんな奴に助けられなければいけないんだ。


「すぐに済みますので、どうぞお逃げなさい」

「あっ、ありがとうございます」


 優しく下されて地面に足が付く。


「アタシの男を返せ!!!」

「人は物ではない! 眠りなさい!」

「アバババっバババババッババババアバッバばば!!!!」


 襲いかかってきた世紀末巨太女は、男が生み出した雷の魔法で全身を痺れさせて昏倒した。


 逃げる必要がないほど圧倒的な魔力に、凛々しい顔。

 

「僕以外に転生者がいるのか?」


 醜く太って情けない体をした男が多いなかで、見た目も魔力も強いやつがいるんなんておかしい。


「あいつは邪魔になりそうだな」


 僕は助けてくれた男をもう一度見た。

 年齢も近そうな少年で、この世界にいるのが異物だとはっきりわかる存在。


「あんな奴はいちゃいけないんだ。僕が輝けなくなる。僕は唯一無二の存在でいなきゃ輝けないんだ。絶対に邪魔をさせない」


 僕は隠れるようにその場を離れた。



 



 

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