第八話 妹とお出かけ
王女様の花婿候補を辞退することで、関わらないことを考えていたが、学園に行けば関わりはある。
そして、どうしても記憶の中に残るナルシス。
私を馬鹿にして、蔑んだ記憶が蘇ってくる。
処刑された際に見たナルシスの顔は、今でも記憶に残っている。
「学園に行けば、どちらにも会ってしまうからな。どのように接すればいいのだろう」
かつての私は、ナルシスを一方的に嫌うような態度を取っていた。
誰にでも優しく、誰からも好かれていたナルシス。
無表情、無感情、冷血漢と言われた私がナルシスを嫌うことで、他の女性たちから反感を買っていたことも理解できた。
「ふぅ、今の私は花婿候補ではない。王女様に選ばれることもないから、ナルシスへの嫌がらせをすることもない。関わり合いを持たないわけだが、それで大丈夫なのか? 私が嫌っていたからナルシスは私を処刑するまで追い込んだのだろうか? もしかしたら、ナルシスも私のことを嫌っていたのか?」
家族を思うからこそ、処刑などという不名誉は二度と起こしたくない。
色々と考えをまとめるために、一人で汗を流したいと思って、私は訓練所を訪れた。人気のない朝方の訓練所は神聖な気が満ちているような気がして、私は一つ一つの型を確認していきます。
「マクシム様?」
ふと、声をかけられて振り返れば、おさげ髪のソバカス顔をした兵士が立っていた。確か、我が家で騎士見習いをしている者だ。
かつての私であれば、彼女から声をかけられても無視して立ち去っていただろう。
「ああ、おはよう。訓練か?」
「あっ、いえ、物音がしましたので、何かと」
「そうか、迷惑をかけたな」
「いえ」
恭しく頭を下げる。女性を通り過ぎようとして、私は彼女の顔に見覚えがあるように感じた。
「君の名は?」
「ミリアと申します」
私の問いかけにミリアは戸惑った様子で名を告げた。
「ミリアか、覚えておこう」
「ありがとうございます」
ミリアと名乗った彼女の顔に見覚えがある。
いや、家に奉公に来ている時点で顔を知っていてもおかしくないのだが、なぜか心に引っ掛かる物があり、名を聞いた。
稽古を終えた私はアルファが起きてくるまでの時間を刺繍に費やした。
最近は様々な模様を作るのにハマって楽しい。
「マクシム様。新聞をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
過去の知識を何かに活かせないかと、新聞に目を通すことにしている。
新聞は貴族の嗜みの一つだ。
女性への興味はなかったが、花婿教育の中には国民の経済状況を知ることや、世界情勢、市場調査などの政治に関与することは学ぶ授業があり、新聞は毎日目を通していた。
「この当時は、大きな事件は起きていなかったがはずだが」
記憶を辿ろうとするが、上手く考えがまとまらない。
「兄様、失礼します」
「ちゃんと挨拶ができたね。偉いぞ、サファイア」
「私だって立派なレディーなのです。兄様の教えを守ることができるのです」
「そうだったな。それで? 今日はどうしたんだ? また稽古の誘いかい?」
「いえ、兄様はあまり外に出ておられません。もちろん、男性が外を歩くのは危険なことなので、一人で出ることはできませんが、よければ私と一緒にお出かけしませんか?」
「サファイアとお出かけ? どこにいくんだい?」
「はい! 最近できた。タカシマと言うデパートです」
「デパートというのは色々な品物を取り揃えている大きなお店のことだったかな?」
「そうです!」
かつての私は花婿候補として、買い物に出掛けている時間すらなかった。
いや、出かけることに興味がなかったと言ってもいい。
だけど、市場調査などを勉強している割にはどんなものが売られているのか知らない。
「わかった。一緒に行こう。サファイア」
「嬉しいです! それでは支度をしてきますね!」
「ああ」
アルファを見れば、外出用の衣装の準備に取り掛かっていた。
貴族とは面倒な物で、外出時には衣類を外出用に整えなければならない。
私は普段、外出する機会がないので、外出用の衣装はそれほど持っていない。
「こちらでよろしいですか?」
「ああ、構わないよ。だけど、貴族なのに衣装が少なすぎるかな?」
「マクシム様は外出をされませんので、外出が増えるのであれば、新しい衣装の購入を考えてもよろしいと思います」
「そうだね。せっかく買い物に行くんだ。見てくることにするよ」
「はい! お供いたします」
「うん。お願いするよ」
外出用の服に着替えて、髪型を整える。
最近は自分でも雰囲気が柔らかくなってきたように感じられる。
「兄様! 準備ができましたか?」
「ああ、どうかな?」
「カッコいいです! 兄様は世界一です!」
妹が可愛い。
サファイアは本当に素直で良い子だ。
「マクシム様、カッコいい」
「おや、ヴィも一緒に行くのかい?」
「私たちも護衛で同行します」
「よ〜ろ〜し〜く〜お願いします〜」
サファイアの従者トリオで、ヴィレンティア、イシュア、ウルリ、の三人だ。
「三人ともサファイアと仲良くしてくれてありがとう。しっかりと護衛を頼むね」
「頑張る!」
「任せといて!」
「やります〜!」
三人とも以外に気合が入っているのか、私の目を見て約束してくれる。
「こら、三人とも兄様の顔を見過ぎ! 行くよ!」
なぜかサファイアが怒り出したので、私たちは馬車に乗ってデパートへ走り出した。デパートの店員さんは全員が女性で、売っているものもほとんど女性物ばかりだった。
だけど、侯爵家の家紋は伊達ではないね。
「どうぞこちらへ」
私たちが到着すると、店主自ら応対してくれて、貴賓室へと通してくれる。
やっぱり男性が一般のお客さんと一緒に買い物をするのはまずいよね。
部屋の中は快適な環境で、プライバシーを保護するための設備やサービスが提供してくれる。
貴族がゆったりとくつろげるように商品を店側のスタッフが持ってきてくれて、交渉を行ったりすることができる。
貴族を迎えるために贅沢な内装も目を見張る。
王族を出迎えれそうな貴賓室に素晴らしいと評価を与えたい。
「よくぞおいでくださいました。ブラックウッド家のマクシム様。サファイア様。私が店主のイージス・タカシマにございます」
「突然の来訪すまない。我々のことを知っていくれて助かるよ」
「商人は情報が命ですので、マクシム様、お噂とは随分」
どうやら商人の情報では、私は無表情、無感情がすでに伝わっているようだ。
「無表情で、無感情だと?」
「いえ、これは失礼なことを言いました。本日はサービスさせていただきますので、お許しください。それにしても……」
何やらジッと顔を見られたが、気にすることはないだろう。
店主であるタカシマ殿の好意に甘えて、しっかりと商品を見させてもらう。
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