第十五話 誤算

 意識を取り戻した私は目を塞がれ、両手を後ろに縛られている状態だった。

 ここがどこで、屋敷の庭で私にこのようなことができる人物に心当たりがなかった。


 外部からの侵入は考えられない。

 ブラックウッド家の警備は手薄になることはありえない。

 常に手練れの騎士たちが外壁周辺の巡回をしているのだ。

 考えられるとすれば内部の者だが、私が知る者たちにこのようなことを考える者はいない。


 いったい誰が? そんなことを思っていると息遣いが聞こえてきた。


「はぁはぁはぁはぁはぁ」

「クンクンクンクン」

「デヘデヘデヘ」


 息を荒くして苦しそうな声。

 匂いを嗅がれているのか、たまに当たる冷たい感触。

 そして、漏れ聞こえる笑声。


 この世界はほとんど女性しかいないので、犯人は女性で間違いない。だが、このような荒々しい息遣いをしているものがいただろうか?


 記憶の中で彼女たちの声を思い出そうとするが、一向にわからない。


「君たちは誰だ?」


 私が声を発すると、三人が驚いて距離を取る。


 このような暴挙に出る者たちだ。

 手加減をする必要はないだろう。

 私は全身から雷を生み出すようにイカズチを迸らせ、触れることを許さないように身を守る。


「まっ、マクシム様!」


 私の怒りに対して相手が声を発して名を呼ぶ。

 やはり知り合いだったか、だが声だけでは特定ができない。女性であり、少し幼さを感じる。

 

「誰だ?」

「みっ。ミーニャにございます」

「ミーニャ?」


 私は名乗られたことでイカズチを収めて、驚きを口にする。獣人族のミーニャは、孤児として別邸で暮らしている。


 つまり、別邸から本邸の庭にきて、私を連れ去ったということか? どうしてこんなことを? 食事も勉強も生活の安定もしていたはずなのに。


「ごっ、ごめんなさい。だけど、もう我慢ができないんです」

「我慢? 君たちの生活は半年前よりも安定しただろ?」

「生活ではありません!」

「えっ?」

「私たち獣人族には発情期があります」

「発情期?」


 私は獣人族に発情期があるということを知らなくて困惑を覚える。

 言葉の意味を考えれば動物の中には、「発情期」言われる動物の繁殖行動において、性的興奮や繁殖活動が特に活発になる期間があるはずだ。


 季節によって発情期が訪れることがあると聞いたことがある。

 発情期中は性ホルモンの分泌が増加して、性的な行動やフェロモンの放出などが見られることもあるそうだ。


 全て未来の知識だが、獣人にあることまで知らなかった。


 多分だが、私を捕らえたのは年長組の十二歳を超えている三人だろう。


 犬獣人のポリン。

 兎獣人のウルル。


 三人は年長者として、責任感を持って獣人たちを指揮してくれていた。


 そんな三人が発情期によっておかしくなってしまったのか? これはボクの誤算だ。

 獣人族に発情期があるなんて知らなかった。

 それに、彼女たちの発情期が誘拐を企ててしまうほど激しい物だったなんて。


「落ち着いてくれ。落ち着いて話し合えば分かり合えるはずだ」

「もう! 我慢できないんです! 男性が、男性が近くにいるんですよ。それもかっこよくて素敵で、優しくて、我慢するなんて無理です」

「無理なのです。ご主人様をペロペロしたいのです」

「寂しいのだ。いっぱい甘えたいのだ!」


 なんとか三人を宥めようとするが、どうにも三人の気持ちを収めることができない。

 時間を稼げば、アルファが探しにきてくれるはずだ。


「わかった。それじゃ、三人は発情期というが何がしたいんだ?」

「えっ? 何が?」

「そんなの決まっているのです! ペロペロなのです!」

「ナデナデだよ! お膝に乗せてもらって、優しく撫でてもらいたいよ」


 ミーニャに関しては具体的なことは何も言っていないが、残りの二人はどうにも発情期でも、私の貞操を奪うようなことを考えているようには感じられない。


 私も貞操を守らなくてはいけないという意識はないが、出来れば結婚して正式な妻となった女性に初めてを捧げたい。


 ここで奪われて傷物になり、彼女たちを犯罪者として、捕まえさせたいとは思っていない。


「このまま無理やりすれば、君たちは私を襲った犯罪者となってしまう。だが、私ができる範囲のことを同意してあげれば、犯罪ではない。どうだ? 三人ともまずは話し合いで何をするのか決めないか?」


 私なりにどうにか彼女たちの気持ちを抑え込もうとした結論だ。


「ペロペロしても怒らないのですか?」

「ポリンだね。君の言うぺろぺろはどこを舐めたいんだい?」

「そんなの決まっているです! お顔を舐めさせて欲しいのです。でっ、できればキスもして欲しいのです」


 それぐらいなら許しても良いか?


「私もいいのですか?」

「ウルルだね。君は何がしたいんだい?」

「お膝に乗せて欲しいのです。そして、私の耳の間と頭を優しく撫でて欲しいのです」


 ウルルは三人の中で一番要望が簡単に思える。

 

「ミーニャは何がしたいんだ?」


 私の言葉に二人とは違ってミーニャは恥ずかしそうに耳元に近づいて呟いた。


「添い寝をして欲しいです。一緒のお布団で寝たいです。最後まではしなくても側にいたいのです」


 私は三人の要望で、ポリンのキス以外ならば全て叶えてあげると約束して拘束を解いてもらった。


 目隠しを外して、あたりを見れば、年長者三人のために用意された部屋の中だった。


 私は三人の要望を叶える前に、三人の前に膝をついて目線を合わせる。


「このような手段を使ってはダメだよ。男性を怖らがせてしまえば、君たちは嫌われてしまうこともある。それに無理襲って男性が怖がってしまうこともある。こういう行為は互いの同意が必要なんだ。わかってくれるね?」

「はい。ごめんなさい」

「ごめんなさいです」

「ごめんなの」


 三人がちゃんと謝ってくれたので、私は三人を抱きしめて、順番に願いを叶える約束をした。




 

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