side ー サファイア 1
《sideサファイア》
兄様が変わった日。
「花婿候補をやめたい!」
兄様の発言に私は歓喜して踊りたくなった。
だって、大好きな兄様が王女様に取られると思っていたから。
花婿候補を辞めたいなんて言う日が来るなんて、夢じゃないのかな? 本当に凄く嬉しい。
心から愛する兄様。
兄様は幼い頃から、真面目な人で、上位貴族であるブラックウッドの名に恥じないように花婿候補として勉強に取り組んでいた。
他の上位貴族の男性は、兄様ほど真面目な人はいない。
適当に勉強してはサボったり、お菓子をもらわないと勉強をしなかったり、運動も嫌がり、太ってカッコ良くもない。
だけど、兄様はブラックウッド家が大将軍を輩出する家系だと知ると、か弱い体で木刀を振って身体を鍛えたそうだ。
私の師匠でもあるブラックウッド騎士団長のベラが教えてくれた。
何年も続けているから、体は引き締まって兄様が木刀を振る姿を何度も盗み見たことがある。
それは他の騎士や使用人も同じで、兄様が稽古場に現れるとギャラリーが多くなる。
家中の女性を虜にする兄様は、真っ直ぐで素敵な人だ。
そんな兄様だが、一つだけ欠点がある。
兄様は真面目すぎる!
そのせいで一つのことしか見えなくなってしまう。
訓練中も集中すると周りが見えなくて、平気でシャツで汗を拭って、割れた腹筋をみんなに見せてしまう。
鼻血を出して倒れた使用人や騎士は後をたたない。
兄様のためなら「マクシム様のためなら死ねる」と言った使用人や騎士は、屋敷に勤める者全員と言ってもいい。
ただ、将来の女王になられる王女様以外の女性を見てくれない。
私が話しかけても、母上が話しかけても、興味のない態度で無視するか、適当に返事をして終わってしまう。
私は兄様が大好きなのに、兄様は私が好きじゃないのかな?
そんなふうに思っていたのに、体調を崩した兄様が目覚めた時。
「サファイア、愛してるよ」
私を抱きしめて愛していると言ってくれた。
男性から愛していると言われる女性が、この世界にどれだけいるだろう?
男性は傲慢で我儘な生き物だ。
私のお父様はお母様の話では病弱な人で、数名の子を成して死んでしまったそうだが、他の男性たちを見ても兄様以外の男性には嫌悪感すら抱いてしまう。
兄様から愛されるなら、他の男性なんていらないのに。
真面目すぎる兄様は王女様を一番に考えて、刺繍まで始めてしまった。
刺繍の逸話として、戦争に出る女王に対して、男性が安全祈願のためにハンカチの贈り物として送り、勝利をおさめたと言われている。
逸話から、男性が刺繍をして戦場に出る女性に送ればお守り代わりになるという話がある。
それを聞いた兄様は刺繍を始めて、いつか王女様にプレゼントするのだと言っていた。羨ましい。
「私にも作ってくれないかな?」
兄様の真面目な部分は、もう一つあります。
ブラックウッド侯爵家の男子として恥にならないようにという意識があるようです。
だから、身体を鍛え、勉強に励み、王女様以外の女性には冷たくしているそうです。
だけど、そんな兄様が花婿候補を辞めると言い出したのは、いったいどんな心境の変化が起きたのだろう。
これまで真面目に王女様だけを見ていた時間を、別の物に向けてくれれば、私のことも見てくれるかもしれない。
「これからは花婿教育の代わりに女性のことを教えてくれませんか?」
「「えっ?」」
兄様の言葉に、私たちは驚いてしまう。
驚いても仕方ない。
傲慢な男性が女性に興味を持つ?
しかも真面目で堅物な兄様が?
そんなことが本当にあり得るの?
しかも女性が男性に求めるものって、体の関係だよ?
本当に教えてもいいの?
「ドドドドどどおドドドドどういう意味かわかっていっているのかしら? マクシム?」
「そそそそそそそそそそっそそそそそそうだよ。兄様!!! 女性にそんなことを言ったら、ダメなんだよ」
知らない女性に男性が、女性のことを知りたいなんて言ったら押し倒されて襲われてしまう。
「どうしてだ?」
本当にわかっていない顔で小首を傾げる。
あざとい!!!
兄様、その仕草は女性の本能を刺激しまくるんだよ。
もう可愛すぎて、今すぐ抱きつきたくなるんだよ。
「ブフッ!」
「ボフゥ!」
せっかく冷静になろうとして、口につけた紅茶を一気に吹き出しちゃったよ。
兄様があざと可愛い!!!
こんなにも話している兄様を見るのは初めてだけど、素直で可愛くて世間知らず過ぎだよ。兄様は絶対に私が守らなくちゃいけない。
「えっと、大丈夫?」
純粋な兄様が問いかけてくる。
母様に腕を掴まれて、ヒソヒソと話かけてきた。
「サファイア、わかっているわね! マクシムは世間知らずなのよ! 他の女性たちに騙されるわけにはいかない。ブラックウッド家の女として正しくマクシムを導くのよ!」
「わかっているわ。母様! 他の女を薙ぎ倒して近づけさせないわ!」
「そんなこと言ってない!」
なぜか母様に叩かれた。なぜ?
「マクシム!」
「はい?」
「あっ、あなたが女性に興味を持ったことはとても喜ばしいことです。ですが、男性は慎みを持って、女性にその身を任せる物です。そっ、そのようなハレンチなことをいうのは悪い男だけです」
何を思ったのか、兄様が立ち上がって宣言した。
「女性のことを知れるなら、《悪男》呼びなど望むところです!」
私は兄様の宣言に唖然として、兄様との未来を想像して、ヨダレが出そうになるのを必死に抑え込んだ。
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