第六話 始まり
そこは何もない真っ白な空間が広がっていた。
どこか別の場所に転移したことはわかるが、転移魔法は伝説級の魔法だ。
魔導師見習いのヴィが使えるなんておかしい。
ヴィに言われた魔法を唱えたことで、私は全く未知の場所へと案内されてしまった。これは一体どうなっているのか?
「こうやってお話をするのはお久しぶりですね。マクシム様」
「えっ?」
そこには先ほどまで少女だったヴィではなく、牢獄に会いにきてくれた大人のヴィがいた。美しく成長したヴィは涙を浮かべている。
「ヴィなのか?」
面影を残しながらも、大人へと変貌を遂げたヴィは魔術師として成功を収め女性として輝きを増している。
「改めて」
真っ白な空間の中で、ヴィが膝を地面に突いて、私の前で頭を下げた。
「マクシム様を救う手立てがなく。このような形になってしまったことお詫び申し上げます」
頭を下げられても困惑するばかりだ。
ここはどこなのか? 何を謝っているのか? 彼女が何を言いたいのか検討もつかない。
「すまない、ヴィ。君が何を謝ってくれているのか、全く検討がつかない」
「マクシム様、十年後あなたは処刑されます」
「あっ」
それは私だけが知っていることだと思っていた。
走馬灯の延長で、これは夢や幻でいつか終わりが来る。
死ぬ前の幻想だと思っていた。
それなのに、どうしてヴィがそれを知っているんだ?
「君は何を知っているんだ?」
「私が十年後に完成させた魔法。それは時間魔法と言います」
「時間魔法だと?!」
転移魔法に続いて、時間魔法まで! ヴィは本当に天才なんだな。
「時間魔法は私の命と引き換えに使う魔法です」
「えっ? 命と引き換え?」
「はい。一生に一度だけ、人、一人の魂を過去へと戻すことができる魔法です」
どうして私が過去へ戻ってきたのか、そしてヴィがそれを知っている事実。
これが私が過去へ戻れた真実なのか?
「なっ! それじゃ私をこの時間に戻してくれたのはヴィだと言うのか?」
「そうです。そして、過去の私がマクシム様と同調することがあれば、真実を伝えられるように魂に刻みました。この同調を終えた後。私の残留思念は消滅します」
「待ってくれ! どうして君が私を?」
ヴィとは、家にいる間に数回話しただけだ。
私はこの二年後に学園に入学して、女王陛下や側近たちと寮生活を送ることになる。
「お慕い申しておりました」
「えっ!」
「わかっています。マクシム様は女王陛下だけを愛していました。しかし、それによって傷つき悲しむマクシム様を見ている女性は私だけではありません」
私を見て傷つき悲しむ女性。
やはり多くの女性を傷つけていたのだな。
その中にヴィもいたのか。
「マクシム様が処刑されると知り。私は必死に助ける手立てを考えました。ですが、私は魔法だけしか知らなくて、私ができることでどうにかあなたを救いたかった」
ヴィに、そこまで想われていたなどと思いもしなかった。
かつての私は無愛想で、ヴィと話す時も表情を変えず、挨拶もしなかったことだろう。
「疑問に思っておられますよね。一度だけ、マクシム様が私の頭を撫でてくれたことがありました。私が侯爵家に奉公にきてすぐの頃です。マクシム様は言いました」
《泣くでない。女子は強い。男の私にできるのはこれぐらいだが》
「そう言って励ましてくれました。不安だった私は、初めて出会う男性に恋をしました。あなたが大好きでした。無口で、無表情と他の方々は言うけれど、書庫に来て窓際で書籍を読む姿をずっと見ていました。あなたは本を読んでいると表情を変えて、感情を出しておられました。そんなマクシム様を見るのが大好きでした」
涙を流して告白をしてくれたヴィ。
私は気づいていなかった。
多くの人たちに愛されていたのだ。
女王陛下に愛されるために頑張っていた自分。
ちゃんと見ていてくれた者がいたのに、間違っていた。
大切な者たちを蔑ろにしてしまった
私はヴィを抱きしめた。
「ありがとう、ヴィ。君が命を賭して使ってくれた魔法は、私にもう一度チャンスを与えてくれた。だから、君の告白を受け入れたい」
「えっ?」
「君ではないかもしれないが、少女の君を受け入れよう。私も君を愛しているよ。ヴィ」
大人のヴィは暖かく温もりが伝わってくる。
残留思念でも、体は少女のヴィの者なんだ。
「こっ、これ以上の幸せはありません! 私はずっとマクシム様だけを愛しておりました! そのために魔法を磨き、マクシム様に褒めて欲しくて生きていました」
「君は立派な魔術師で、素敵なレディーだ。ありがとう、ヴィ。何度でも君にありがとうと大好きを伝えたい」
「マクシム様! マクシム様! 私は私は」
私は先ほど体験した初めてのキス。
もう一度同じ相手と二度目のキスをする。
「んん」
「愛しているよ。ヴィ」
「嬉しいです」
涙が止まらないヴィを強く強く抱きしめた。
「君の死を無駄にはしない。私は心を入れ替えて、君を愛することを誓う」
「ありがとうございます。どうか私だけでなく、マクシム様を愛した者たちを愛してあげてください。どうかお願いします」
「ああ、約束する」
大泣きしていたヴィの姿が薄れていく。
「そろそろ魔力の残留思念が底をつくようです」
「ヴィ」
私は薄れゆく彼女の体を強く抱きしめて、三度目のキスをした。
「私のファーストキスの相手は君だよ。ヴィ」
「嬉しいです。マクシム様の初めてを頂けて」
一筋の涙がこぼれ落ちると、大人ヴィの姿は消えて、元の図書室へと戻っていた。
「あれ? 私?」
「おはよう。ヴィ」
ヴィの頭を膝枕をして、撫でてあげる。
「まっ! マクシム様!」
飛び起きるヴィは、のんびり屋さんな彼女にしては珍しく俊敏な動きをしていた。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
「あっ、はい」
「それとヴィ」
「はい?」
「君のことが、大好きだ」
「なっ!」
私の告白にヴィは耳まで真っ赤にして後ず去って走り去ってしまった。
意外な反応に面白くて、私は笑ってしまった。
それは作り物のような笑顔ではなく。
心からの笑い声をあげられたと思う
「謎は解けた。だから、ここからは過去に戻ったことを想定して動くとしよう」
これは現実なんだ。
未来のヴィが命を賭して、私の魂を過去へ送ってくれた。
彼女たちに報いる私になろう。
「ナルシス。お前の悪事では、私を潰すことはできないぞ」
復讐はしない。
だが、奴が聖男と言われる未来も許さない。
だから、私にできる方法で、奴の邪魔をする。
それが私なりの復讐だ。
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