第五話 かつての協力者
花婿候補をやめたことで時間に余裕ができた。
花婿修行には、たくさんの習い事が含まれている。
全てを覚えることは大変で、毎日が勉強と訓練の日々だった。
ただ、その中でも気に入った習い事が一つある。
「アルファ、揃えて欲しい道具があるんだ」
「なんなりとお申し付けください」
「ありがとう。刺繍ができる道具を揃えてくれる?」
私が刺繍を口にすると、アルファは納得した顔をする。
花婿候補の中には、刺繍があり。
男性が女性に対して刺繍した物をプレゼントする行儀がいくつか存在する。
「花婿修行はやめても、いつかは誰かに婿として家を出ることになるだろ? その際に家事の一つもできないのでは貰い手がないからな」
刺繍は、専用の縫い針を使い、布地に織り込まれた糸の上や間に針を通して、糸を引き抜いたり引っかけたりすることで、模様を形作り出す。
糸の種類や色、厚み、光沢感などを使い分けることで、立体感や表現力を生み出すことができてハマると面白い。
「そんなことは絶対にありえません! マクシム様は、その容姿だけでも」
「何を言うんだ。私は他の男性たちと違って無骨な顔をしているんだぞ」
鏡に映る私は一重の瞼に切れ長な瞳。
漆黒の艶がある髪。
面長な顔と、女性に好かれる要素は少ない。
体も、幼い頃からサファイアと同じく剣術や馬術をしていたこともあり、ゴツゴツとして、か弱さを持っていない。
「マクシム様! ご自身の魅力を卑下してはいけません!」
「うーむ、そこまでアルファが言ってくれるなら、誰も貰い手がなければアルファが私をもらってくれ」
「なっ!」
私はアルファを引き寄せて、膝の上へと乗せる。
彼女へ愛情を示すことを忘れないようにしている。
できれば、彼女に最初の人になってほしい。
アルファは私がすることに抵抗することはない。
だから、私は彼女を抱き寄せる。
「こっ、こんなことをしてはいけません」
「どうしてだい?」
アルファとのスキンシップは私にとっては大切なことだ。
女性は男性を求めるのが当たり前の世の中でありながら、女性たちは男性が怖がってトラウマを作らないように我慢している。
だから、私は誘惑してみるのだ。
彼女の細くて引き締まった太ももに手を置いて、そっと撫でてみる。
「んん」
くすぐったいのか、我慢するように頬を赤くするアルファは、だんだん息を荒くしていく。
女性たちは、男性に触られるだけですぐに体を熱くしてしまう。
男性たちは、なかなかボッキして遺物を大きくすることはできないそうだが、私はそれも不思議なのだ。
かつての私が我慢していたからか、すぐに大きくなってしまう。
それをアルファの細い太ももの間に当てがう。
「ハァア!! まっ、マクシム様の固い物が!!! だっ、ダメです。マクシム様! それは!」
彼女は異国の民だが、美しく私のことを一番わかってくれている。
何より、かつての私に尽くしてくれた忠臣なのだから、誰よりも信頼できる。
「前にも言ったが、私はアルファを愛しているよ」
「そ、そのようなことを軽々しく女性に言うものではありません! 勘違いして襲われてしまいますよ!」
襲って欲しくてここまでのことをしているのだが、アルファは怒って部屋を飛び出して行った。
「私は本気なのだが、刺繍セットが来るまでは本でも読もうか」
花婿修行は様々な習い事をするが、それは他国の言葉を覚え、来賓する王族や貴族の相手をするために語学勉強も含まれている。
その際に、相手の国の言葉をわからないなど、相手に対して敬意が足らないと言われてしまう。
そのため、どこの国の言葉でも話せて、読めるようになっておかなけれならない。勉強の中で様々な国の本を読むことで勉強したので、本を読むことが大好きになった。
「書庫に入るのも久しぶりだな」
「マクシム様?」
書庫の司書をしている見習い魔術師のヴィレンティアが出迎えてくれる。
エメラルド色をした髪は彼女の魔力が高いことを表している。
美しい容姿に珍しい髪色。
ローブを纏った姿は彼女特有の雰囲気に合っている。
「ヴィ、すまないが暇なので本を読ませてもらうよ」
「いいよ。珍しいね」
ヴィレンティアは、私が唯一愛称で名を呼ぶ少女だ。
単純に長い名前が言いにくかったので、愛称で呼ぶようになった。
ちゃんとした呼び方をしようとしたこともあるが、彼女から拒否されてしまった。
「マクシム様には、ヴィと呼ばれたい」
本人の希望なので、それ以来は愛称で呼んでいる。
彼女は男爵家の生まれで、サファイアの従者でもある。
魔導士の才能があるので、ブラックウッド家が支援して、魔法の勉強をしている。
魔法の勉強以外は、書庫の司書として掃除と管理を任されていた。
「うむ。本を読むことは楽しいからな」
「あっ!」
背の低いヴィは、年齢よりも幼く見えるので、つい頭に手が伸びてしまう。
髪はサラサラで、活発なサファイアとは違って、大人しいところが可愛い。
「すまない。嫌だったか?」
「ううん。もっとして欲しい」
舌っ足らずなところはあるが、ヴィは魔力が多いだけでなく、魔術の天才でもある。
侯爵家のメイドをしながら、魔術の修行をするために侯爵家にきているのだ。
「ヴィは頑張り屋だな。今後も魔術を励んで、私が困った時は助けてくれ」
「マクシム様が困ることがあるの?」
「それはわからないけど、いつ何が起きるのかわからないからね」
「わかった。絶対に助ける」
「ありがとう」
彼女もまた、かつての私に協力してくれた一人だ。
魔術的なアイテムを作ってくれた。
だが、私が牢獄に捕まった後に、彼女は宮廷魔術師として大成功を収める。
誰も使えない魔法の研究を成功させたと、拷問姫さんが教えてくれた。
私が死ぬ前に聞いた唯一の良いニュースだった。
私に協力したことで……、
母上は侯爵の地位を追われ。
妹のサファイアは私を処刑することで無実を証明し。
アルファは事故に見せかけて殺され。
ベラは私を捕らえにきた者たちとの戦いで命を落とした。
ヴィは自らの魔法研究によって宮廷魔術師の地位を勝ち取った。
しかし、私の醜い嫉妬心によって彼女たち五人。
それに加担した騎士団の面々に対して多大な迷惑をかけた。
ナルシスに復讐したいという気持ちがないと言えば嘘になる。
だが、復讐をしなくても、奴が私に何か仕掛けてくるのであれば、それを阻止する手立てを持っておきたい。
「ヴィ、私に魔法を教えてくれるか?」
本を読むよりも有意義な力を手に入れられるかもしれない。
「いいよ。なら」
そう言って彼女は私に近づき、そのまま唇を重ね合わせる。
キスをされると思っていなかったので驚いてしまう。
「なっ! 何をする?」
「安心して、これは魔術契約。私とマクシム様の間にパスが繋がった。これで魔法が使える」
「えっ? そんな簡単な方法で魔法が使えるなど聞いたことがないぞ」
彼女は一度だけ、私が拷問を受けて死の間際に陥った際に牢獄に会いにきてくれた。
その時の私は意識が朦朧としていて、どんな話をしたのか覚えていないが、今と同じことをしたように思う。
「まさか?」
「何?」
「いや、どういう魔法契約なんだ?」
「私の魔力とマクシム様の魔力を同調させた。だから唱えてみて」
「唱える?」
「うん。ルミナス・トランスポルト」
「ルミナス・トランスポルト?」
呪文を詠唱した瞬間、私とヴィは光に包まれて書庫からその身を消し去った。
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