第四話 無表情、無感情、冷血漢

 牢獄に捕まっている頃の夢を見た。


「笑え! 笑いなさいよ! 笑顔を見せてよ! いつも私のことなんて見てなかったじゃない。どんな気分? 無表情で無感情で、冷血漢!」


 鞭を振るう拷問姫さん。

 情欲的な真っ赤なビキニに、真っ赤なマスクから伸びる腰まで長い髪。

 瞳だけでも美人だとわかる。

 

 拷問姫さんが言うには、かつての私は無表情無感動冷血漢と呼ばれるような人物だった。


 女性が数多く存在する世界の中で、男性は女性に媚を売るか、傲慢にお金をせびって生きる。

 そのような風習に対して、私は真っ向から対立して毅然とした態度を取り続けていた。

 女王陛下に対しても笑顔を向けた記憶がない。


 というか、誰かに笑顔を向けたことがない。


 目覚めた私は洗面所の前に立って鏡を見ながら、笑顔の練習をしてみる。 

 口角を上げて、目尻を下げてた顔はハッキリ言って気持ち悪い。


 こんなものが笑顔とは呼べないな。


 自嘲気味に片方の口角を上げる程度の方がまだマシだ。

 

 無表情といった拷問姫さんは言い得ているな。

 彼女に笑顔を見せてあげていれば、もう少し優しくしてくれたのだろうか? 大人になった際に私の初めてを奪った人。そして、生涯最初で最後の女性なのだから、愛してあげたかった。



「アルファ」

「はい? なんでしょうか?」



 私は大切な存在であるアルファを呼んで、練習した笑顔を披露してみることにした。

 彼女が大切だという気持ちを込めて笑顔を作ってみる。


 鏡を見て、一人でしていた時よりかは上手くいった気がする。


「なっ! まっ、マキシム様。そのような顔を私に向けてはいけません」

「えっ?」

「しっ、失礼します」


 やっぱり上手く笑顔を作れていなかったのかな? アルファは顔を真っ赤にして走り去ってしまった。

 また怒らせてしまった。


 なかなか上手くいかないものだ。


 今度は、女性と上手くコミュニュケーションを取るための練習をする。


 かつての私は挨拶をしてくれた女性に対して、挨拶すら返さない奴だった。

 視野だけでなく心まで狭かったのだ。


 牢屋に入れられて、数々の女王陛下の側近たちが私に会いにきた。

 彼女たちの言葉を一つ一つ考えるだけで、私という人間のダメなところを教えてくれたのだと今ならわかる。


 特に一番長い時間を過ごした拷問姫さんは、無表情、無感動、冷血漢という言葉をくれた。


 私のような無骨な顔をした者が、笑顔になったところで誰が喜ぶのかわからぬが、それでも人との会話をするときは笑顔の方が好印象を持たれやすいと、拷問姫さんは言っていた。


「笑え! 笑えよ! お前の笑顔を見せてくれよ!」


 私の上で腰を振りながら、涙を流してそう願った拷問姫さん。

 結局、一度も彼女に笑いかけてあげることはできなかった。


「無感動か」


 私は花が好きだ。

 意外だと言われることが多いが、庭に咲き乱れる花の世話を、庭師のエミリーと世話していた。

 年老いても屋敷に来てくれるので、話しやすくて、私にとっては花の手入れを教えてくれた師匠だ。


「表現をしなければ、人には伝わらないということか」


 そう思って、ありがとうや、すまないと言う言葉を、相手の感情に訴えかけられるように声色などを考えながら発生する練習をしている。

 

 なるべく感情を込めて言うように心がけている。


「兄様、訓練をするので、一緒に来られますか?」

「サファイア、部屋に入るときはノックをしないとダメだよ」

「ごめんなさい!」

「うん。いいよ。訓練だったね」

「もっ、もちろん、兄様が良ければですが」

「構わないよ」


 ブラックウッド家は、大将軍を生み出していた家として、幼い頃から訓練をサファイアにさせている。


 私も幼い頃から体を鍛えていた。

 サファイアは11歳だが、大将軍家の人間として才能を開花させていた。


「あっ、ありがとうございます!」


 喜んでくれることが私も嬉しい。


 稽古場に入ると、ブラックウッド侯爵家女性騎士たちが私たちを見る。

 騎士というものは、意外に服装が軽そうな者が多い。

 大切な場所さえ守られていればいいのだろうが、女性しかいない騎士団は、ほとんどが半裸に近い姿をしている。


「稽古中にすまない。使わせてもらうぞ」


 私の言葉に驚いた顔を見せる騎士たち、彼女たちにこのように声をかけることは今までなかった。

 本当に何もしてこなかった。

 稽古場に私が来たら、騎士たちが横へ退いてくれる。


「ベラ騎士団長。邪魔をする」


 ブラックウッド騎士団の騎士団長を務める妙齢の女性はベラという。

 ピンク色の髪に鍛え抜かれた腹筋は割れているのに、胸元は誰よりも大きく女性としての魅力を強調している。

 寡黙な人で、アルファと同じく私の悪事を手伝ってくれた恩人でもある。


 悪事を手伝ったことを恩人というのも変な話だが、私が命令して、アルファがそれを伝えベラが実行する。


 そのような流れだったと思う。


 だから、彼女に対して私は恩があるのだ。


「マクシム様のお好きなようにお使いください。ブラックウッド侯爵様より、マクシム様の好きなようにさせてほしいと、命令を受けております」


 母上には色々と気を使ってもらっているな。

 

 私の悪事が明るみに出た時は母上が侯爵家の名を返上して謝罪を口にしてくれた。

 全ての責任を取る形で、アルファと同じく私の罪を背負おうとしてくれたのだ。


 それでも罪が消えることはなかったが、母上にも心労をかけたことだろう。


「兄様! 行きますよ!」

「ああ、サファイア。どこからでもかかってきなさい」


 互いに木刀を持って稽古場の中央へ移動する。


 サファイアは剣術の天才だ。

 双剣と呼ばれる剣を巧みに使って、攻撃速度を上げていく。

 身体は成長途中だが、二歳も年上な私を圧倒的する剣術を披露する。


「凄い! 凄い! 兄様!」


 サファイアが11歳とは思えない速度で連続斬りを繰り出してくる。


 剣を受け止めるたびに手が痺れて防御をするのがやっとだ。

 やはり、女性と男性では身体的な能力に違いがありすぎる。


「サファイア、そこまで」


 体力や腕力は女性の方が強い。

 戦闘技術も鍛えるだけで、どんどん女性の方が上がっていく。


 これは自然の摂理だ。


 男性は女性よりも筋力や魔力が低く。

 女性に守られなければ、貞操を守ることも難しい。


「はは! 凄いよ、兄様。最近は、誰も私の剣を受け止められないんだよ」

「サファイア。勘違いをしてはいけないよ」

「勘違い?」

「そうだ。皆、努力をしていることは同じだ。だが、ただ強いだけを誇ってはいけない。騎士である以上、心を強く育てることこそ大切なんだ」

「心を育てる?」


 私は自分の心を育てることができなかった。

 だからこそ、サファイアには間違って欲しくない。


「人を大切に思うようにしなさい。仲間を大切にしなさい。慈しみと思いやりを持って相手を敬いなさい」


 頭を撫でながら、なるべく優しく微笑みかけて言葉を紡ぐ。

 全て、自分自身に言っていることだ。


「人を大切に思う。仲間を大切にする。慈しみと思いやりを持って相手を敬う。わかりました! 兄様の教えを守ります」

「ああ、サファイアは良い子だね」


 私はギュッとサファイアを抱きしめた。


 サファイアの顔は見る見るうちに赤くなり、周りの騎士たちからは微笑ましく、温かい目で見られてしまう。

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