第二幕④
「で、では……
やがて最初に口を開いたのは、やはり先ほど声を発した、美しい黒髪の女性だ。
「私は、
震えながらも、一瞬だけ彼女、瑞晶は顔を上げた。伏し目がちのその容貌は、たおやかかつ清廉な印象だ。
(孔家といえば……確か、歴史学などの分野で素晴らしい功績を残されているご一族ね)
勉学の一環として、孔家に属する学者が著した書物を何冊も読んだ記憶がある。
(あの一族のご出身なら、きっと瑞晶殿も博識でいらっしゃるはず。もしお話しできれば、楽しい時間を過ごせそう!)
「中身の詰まった頭であれば、落としがいもあるものだけれど」
令花は本心の一部を、『悪姫』の口から告げた。瑞晶は短くヒュッと音を立てて息を
「……次は私だ」
続いて声を発したのは、髪をきりりと高い位置で
「私は、
自分自身を鼓舞するように、銀雲は言う。なぜわざわざこんな所信表明をしたのか、といえば――目の前にいるのが、この夏輪国に巣食う(とされる)巨悪だからに違いない。
切れ長の瞳の奥では、恐怖に押しつぶされそうな闘志の炎が
(徐将軍は
頭の中ではそう応えつつ、『悪姫』は
「これはこれは、勇ましいこと」
「くっ!」
こちらの一言を受けて、銀雲はあたかも一撃
瑞晶が心配そうな視線を送る中、ずっと頭を両手で抱えるようにしていた女性――というより、少女と言ったほうが適切かもしれない年格好の人物が、口を開く。
「あ、あたしの名前は
青ざめて半泣きになっていなければ、きっと誰もが振り返る美少女だろう。自然にそう思えるほどに、琥珀と名乗った少女は子猫のように
「
(ああ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫なのに)
こういう時、つまり『悪姫』を恐れるあまりに体調を崩しかねないほど震えあがる人を見る時だけ、令花の胸はちくりと痛む。けれど恐れられることこそが胡家のため、ひいては夏輪国のためになるのだ。変な手加減をするわけにはいかない。
令花は無言のままに、ただ口の端をふっと
平伏している相手に対して、こちらは立ったまま、視線だけを下に動かす。
圧倒的強者、しかも傲岸不遜、悪逆非道な者だけが見せる「見下しの笑み」――これこそが『悪姫』の真骨頂。
処刑宣言のような視線を受け、琥珀はぴぃと甲高い声をあげて白目を
するとそこで、勢いよく立ち上がった人物がいた。
伯蓮のすぐ隣、恐らく席次から見て一番立場が高いと思しき女性――
「あっ、あなたっ、いい加減になさい!」
「なっ……!?」
言葉もない驚きを発したのは瑞晶だ。それ以外の二人、銀雲と琥珀も、時が止まったように顔を引き
「だ、駄目……! 気を静めてください、
「いいえっ、瑞晶殿! もう黙ってなんていられませんわ!」
紅玉、と呼ばれた橙色の衣服の女性は、激しく頭を振るようにして言った。
「いっ、いくらあの胡家の令嬢だからといって、このような無礼な方に、どうして私たちが平伏せねばなりませんのっ!」
紅玉は
「この
(まあ、荘家!)
令花にはぴんと来るものがあった。
(荘家は、押しも押されもせぬ大商家。『荘の棚になき物は来世で取り寄せよ』という言葉があるほど、なんでも手に入る素敵なお店をいくつも経営なさっているとか)
夏輪国の成立時にも、
きっと紅玉もそれを誇りに思っていて、だからこそ、彼女らの目から見れば不遜でしかない『悪姫』の態度に義憤を覚えたのだろう。
(紅玉殿は、恐怖を振り払ってでも
令花は素直に感嘆したが、ここでそれを口にはできない。
だから『悪姫』としてもう一度、口の両端を吊り上げてみせた。さっきよりももっと嘲りの色合いの濃い、「面白い芸を見た」と言いたげな
「ひっ!」
女性たちの悲鳴が唱和したように響く中、『悪姫』は一歩、彼女らに近づいた。
それから、悪役らしい余裕と威厳をたっぷりと保ったまま、おもむろに告げる。
「素晴らしいご挨拶だったわ。しかし震える手は隠して
「うっ!」
小刻みに震えていた手を、紅玉は袖の中に隠した――なぜか、陳も手を隠しているのが横目に見えた。それはともかく、『悪姫』は相手を見下しながら、続けて語る。
「私の名は、申し上げるまでもありませんね。そして命が惜しければ、よく理解なさい。私を煩わせた者たちが、これまでにどのような目に遭ってきたか」
クククククク、と喉だけを鳴らして笑う。夜鳴きする怪鳥の声にも似た、母からも「夢に出てきそうでした」と好評を受けた、悪女としての朗らかな笑い声だ。
女性たちは、身を寄せ合うようにしながら青ざめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます