マジシャンの息子

雪野スオミ

マジシャンの息子

 僕にそれが出来たのは三歳の頃の夏だった。母さん曰く、のどが渇いたと言ったら、僕が急に手をかざしてきて、すると何もない場所から水が湧き出たそうだ。当時の僕にはそれが特別だなんて自覚は無かったけれど、物心つく頃にはそれがどうやら誰にでもできるわけではないということを知ったらしい。皆は僕を魔法使いだと言った。

 父さんはその業界では有名なマジシャンだった。父さんは僕の力を知ると驚き、すぐに僕をステージに出した。有名とは言いながらも決してマジシャンの稼ぎは安定しない。ご馳走や遊びに使うお金もあまり無かった。だからすぐに僕は父さんの仕事を手伝うようになった。僕が出演する回はいつだって満員で父さんたちは喜んでくれる。そりゃあそうだろう。父さんのそれはタネがあるけれど僕の場合はそんなものはない。本物の魔法だからだ。

 数ヶ月もしないうちに僕らはずいぶんとお金持ちになった。

「今日もお前のおかげで大盛り上がりだったよ」

タバコをふかしながら父さんが笑う。最近のお気に入りはどこかの島のブランド品らしい。

「けれどこの子の身体にどうもないのかい? あまり普段、それを使っていると近所の人からも変な目で見られそうで……」

横で母さんが心配そうに僕の顔を見た。

「大丈夫だよ、母さん。僕がこれを初めてから、もう何年目だと思っているんだ?」

僕はそう言って部屋を出て行った。

「全く……。皆、僕の力を羨ましがっているんだ」

僕は自分の部屋で新しい魔法の開発を始めた。小学校に通い始めた頃、僕が皆とは違う才能を持つと自覚してからは、その才能を伸ばすことに時間を惜しまなかった。

「だから僕は身体とか、他人とか、くだらない勉強とかを気にしている暇はないんだ」

僕は自分の部屋の電気を魔法でつけてノートを開いた。スイッチなんてもう何年も触っていない。

「さて次は……」

火も水も風も土も全て僕の思うままであった。

「次は何をしようか……」

僕は適当に本をめくった。ある程度のことは全てマスターしている。

「ちっ、ろくなのが無いや」

気分転換に窓の外を眺めるとカラスが一匹飛んでいた。そういえば魔法使いはよく、使い魔を従えている。

「よし。これだ……」

僕は魔法で土の塊を用意して力を込めた。せっかくだから、生きている動物を従えるのではなく、物に命を与えることにしたのだ。

「動け、動け……」

土の塊はゆっくりと動くものの、すぐにまた、ただの土の塊に戻る。

「まだだ。もう一度……」

僕は再び土に力を込めた。するとピクピクと固まり、手や足らしきものが土塊から生えた。

「やった……!」

 僕はそれから毎日、その土塊に力を込めた。父さんのショーにもやがて出演しなくなった。母さんは心配をしていたが、僕にはこっちの方が重要だった。もし土塊が僕の力を使えるようになれば、僕は何をしなくても生きていける。僕は一心不乱に力を込めた。

 ある寒い日のことだった。部屋にこもりっきりで、もうすっかり外に出なくなっていた僕は今日も土塊に力を込めていた。いや、もうそれはすでに土塊ではなく一人の人間のようなサイズになり、歩くことも出来ていた。

「よし、もう一度……!」

その時だった。僕が今まで通りに力を込めた瞬間、土塊ははじけ飛んだ。四肢はバラバラに飛び散り、動くことも出来なくなった。

「……おい、こんなことで壊れるなよ!」

僕は仕方なく、土塊を集め再び固めようとした。

「あれ? 力が入らない……?」

いつものように手をかざしても、土塊はピクリとも動かない。

「おい! くそ、もう一度……」

何度手をかざしても結果は同じだった。

「ちっ……。まあいいや。少し休むか」

僕はコップに水を注ごうと手をかざした。しかしコップは空のままだった。

「……うそだろ? 何でだよ!」

僕は乱暴に手をかざす。しかし水も、火も、微かな風さえも僕の手からは出てこなかった。

「魔法が……。僕の才能が……」

しばらくして、僕の部屋の戸をたたく音が聞こえた。

「おーい、久しぶりに父さんとショーに出ないか? な、頼むよ。最近客の入りが悪くてさ」

「…………」

僕が何も言わないでいるとあきらめたのか、足音は遠ざかっていった。窓から入ってくる父さんのたばこのにおいと、母さんの洗濯の音を思い出しながら足元の土塊を眺めた。土塊はやはり動かなかった。

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