不思議10 いい話と悪い話

「おぉ」


(雄ザル共が)


 今やっているのは体力測定。


 その最後の競技の女子の千メートルをやっている。


 男子は先にやって終わっているので女子のを応援という大義名分で眺めている。


 と言ってもほとんどの奴が見てるのはビリを走るシャーリーだ。


「北条やばいな」


「走る度に揺れる胸。ご馳走様って感じ」


 こんな会話が至る所でされていて俺の苛立ちもそろそろ限界を迎えそうになっている。


「あの胸で男を取っかえ引っ変えしてんのかね」


「頼めば俺とも……なんか悪寒が」


 何故か俺が睨んだ男子が話をやめて辺りを見回している。


 そのままシャーリーに目を向けるなともう一睨みしておいた。


 そしてしばらくしてシャーリーの千メートルが終わった。


「疲れました」


 シャーリーが俺の隣に座り込んだ。


「おつかれ」


「頑張った私にご褒美を所望します!」


「ご褒美ってたまにあるからご褒美なんだよ」


 ご褒美の話をしてからシャーリーは事ある毎にご褒美を求めてくる。


 別にあげたくない訳じゃないからいつもあげてるのだけど。


「どのレベルがいい?」


「中で」


 そう言われたので俺は優しくシャーリーの頭を撫でる。


「回復していきます」


「ヒーリング効果があったのか俺の手は」


「授業中にいちゃついてるそこの二人」


 体育の担当教師が誰かを呼んでいる。


「授業中にいちゃつく奴なんているんだな」


「ですね」


 わざわざ授業中にしなくても休み時間や家でやればいいものを。


「お前らだ、こら」


 体育教師に持っていたバインダーで軽く叩かれた。


「暴力教師。校長に言いつけるぞ」


「普通に困ることを言うな。てかお前らも授業中でしかも人前でいちゃつくな。男共が羨ましそうにみてるだろ」


 そう言われて辺りを見ると確かに雄ザル共が俺とシャーリー、主にシャーリーを悔しそうな顔で見ている。


「それよりいちゃついてた罰だ。体育倉庫に使った物片しとけ」


「暴力の次は権力を笠にして横暴か」


「綿利、お前って結構喋るんだな」


 そういえばこの教師とは初めて喋った気がする。


 そもそも俺は学校でシャーリー以外の人とまともに喋ったことがない。


 あの変な二人を入れたら三人になるけど。


「俺は理不尽が嫌いなんで」


「学校なんて理不尽しかないだろ。頼んだ」


(後でほんとに校長に言ってやろうか)


 まぁ言ったところで有耶無耶にされるのも学校ってものだけど。


「なんかごめんなさい」


「何故にシャーリーが謝る」


「私がご褒美を求めたせいですから」


「シャーリーを求めたのは俺だからな。シャーリーのおかげで苛立ちも消えたし」


 さっきまでの苛立ちはシャーリーを撫でたらどこかに消えた。


「怒ってたんですか?」


「まぁね」


 俺はそう言ってまだ俺達を見てくる雄共を一睨みした。


 すると雄共は一斉に視線を背けた。


「助手さんって怒るんですね」


「結構怒ってると思うけど」


 シャーリーの前でも姉さんを怒っていた。


「なんて言いますか、怒るって言ってはいますけど、本気では無い感じがしたので」


「でもそうだね。姉さん相手に本気で怒ったことはないか」


 そもそも人に興味がないから怒るまでの感情にならない。


 なったとしてもうざいなどの感情で怒りと呼べるのか分からないり


「助手さんは優しいですもんね」


「そんなでもないけどな」


「お前らさ……」


 体育教師が呆れたように俺達を見てくる。


「あ、茜先生です」


 体育教師はもう一人いる。


 五十鈴いすず あかね


 細身の童顔で下手をしたら中学生と間違えられるのではないかという見た目をした女教師だ。


 物事に関心が無く、適当な感じだ。


 そして去年何か問題を起こした事があると噂で聞いた。


「お前はお前で何してたんだよ」


「体育館でぼーっとしてたら誰も居なくて」


「お前な」


 体育教師男による体育教師女の説教が始まった。


 これはもう体育の授業の風物詩のようなもので、最初はクラスの奴らもどうすればいいのか分からなかったけど、今では……。


「茜ちゃん頑張って」


「パワハラに負けるな」


 といった感じで茜さんを擁護する感じになっている。


「うるさい、授業は終わりだ。解散」


 男の教師がそう言うとクラスの奴らも興味を無くし教室に帰って行く。


「私達はお片付けしましょうか」


「シャーリーは真面目だな。シャーリーがやるならやるけど」


 俺とシャーリーはソフトボール投げに使ったボールなんかをまとめて体育倉庫に持って行った。


「体育倉庫って入らない人は一度も入らずに学校生活終わりますよね」


「そうだな。まぁ入ったところで何かある訳でもないけど」


「私はちょっと楽しいです」


 シャーリーはそう言ってソフトボールの置き場所を探している。


 正直適当に置いても明日には他のクラスか学年が使うからいいと思うけど。


「助手さん助手さん」


 シャーリーが何かを見つけたようでかがみながら俺を呼ぶ。


「何?」


「穴が空いてます」


「そうだな」


 そこには老朽化のせいなのか、動物のせいなのか分からないけど、小さい穴が空いていた。


「これが『体育倉庫の悲鳴』の正体なんでしょうか?」


 そういえば七不思議にそんなのがあった。


「ここから動物が入って鳴いてるって?」


「はい」


 それだと少ししっくりこない。


 それなら悲鳴ではなく謎の声とかの方があってる。


「内容が分からないと俺も分からないしな」


「これは私が先に解明して助手さんからご褒美を貰えるのでは?」


「先に答えなくてもあげるよ。それとも大がいいの?」


 ご褒美大は抱きしめるということになっている。


「そ、それはまだ早いので中をいっぱいでお願いします」


「言葉だけで聞くとあれだよな」


「え?」


「シャーリーは分からなくていいよ」


 照れるシャーリーも見たいけど、シャーリーは照れると顔を見せてくれなくなるからあまり照れさせたくない。


「そういえば助手さんって茜先生のこと好きなんですか?」


「なんで?」


「お手洗いに行った時に男の方は茜先生みたいな人が好きと聞いたので」


 確かにあの先生はいわゆるドジっ子というやつになる。


 反復横跳びの説明の時に立ち幅跳びの説明をしたり、体育の授業なのに保健の教科書を持ってきたりと少しやばい。


 だけどそこがいいと言う男子が多いのも確かだ。


 庇護欲をそそられるのかもしれないけど俺にはよく分からない。


「俺にはシャーリーがいるからあんまりよく分からないかな」


「そういえば私と助手さんが付き合ってるとも聞きました」


「女子はそう思ってるんだ」


 さっきの男子の反応から、男子はシャーリーには特定の男はいないことになっていた。


 そう信じたいのだろうけど、正直どちらもうざい。


「私が助手さんとお付き合いなんておこがましいですよね」


「それは俺のこと馬鹿にしてる?」


「え?」


「少なくとも俺はシャーリーと対等でいると思ってる。だからもし付き合うってなったとしてもどちらかが下みたいな考え方はしたくない」


 シャーリーが言ったことは俺とは釣り合わないということ。


 だけどそんなことは絶対にない。


「シャーリーか嫌だって思うのはいいけど、シャーリーが俺に劣るとかはないから」


「助手さんを嫌だなんて思う訳ないじゃないですか。ごめんなさい、それとありがとうございます」


 シャーリーがとても嬉しそうに感謝を伝えてくれた。


 外からは雨の音が聞こえてきて、早く出ないと、と思いながらも、もう少しシャーリーとここに居たいと思う自分がいる。


「そもそも助手の俺の方がシャーリーに劣るだろ」


「(仮)なので普通の助手ではないのです。だから上下関係はないです」


 シャーリーが屁理屈を覚えた。


 これはいい事なのか悪い事なのか分からないけど、二人でおかしくなって笑顔を向け合う。


 多分そこで無言になって見つめ合ったのが悪かった。


 俺はシャーリーの肩に両手を乗せて目を合わせる。


「助手さん?」


「シャーリーに言いたいことがある」


「な、なんですか?」


 シャーリーの肩が少し震えている。


「その前にいい話と悪い話どっちから聞きたい?」


「え、えといいお話からで」


「好きな物は先に食べるタイプか。とかはよくて『体育倉庫の悲鳴』が解けた」


「ほ、ほんとですか!」


 シャーリーが驚いた様子で俺に近づいてくる。


 元から顔が近かったのでが起こらないように身体を引いた。


「ご、ごめんなさい。汗臭います?」


「身体を引いたのは別の理由。ちなみにシャーリーの匂いは嫌じゃない」


 変態か、と思いながらも正直な気持ちを伝えた。


「わ、私も助手さんの匂い好きです」


 シャーリーはそう言って俺の胸に頭を落とす。


「ちょっとやめよう。可愛すぎて何かしそう」


「ご、ごめんなさい」


 顔は見えないけどシャーリーの顔が真っ赤になっている気がする。


 多分俺も。


「そ、それで悪いお話とはなんですか?」


 シャーリーが顔を逸らしながら聞いてくる。


「これはあくまで多分なんだけど」


「はい」


「閉じ込められた」


「え?」


 さっきまで赤かったはずのシャーリーの顔が真っ青になっているのが薄暗い中で分かった。


(どうしたものかな)


 体育倉庫からの脱出が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る