第38話 公爵の運命

◆◆◆ 第38話 公爵の運命 ◆◆◆



 ゆっくりと眠る事が出来た次の朝。

俺はギンを執事や騎士団に紹介し、城の内外を歩き回る事を約束させた。


次に俺は第二夫人と第一夫人の所に行き、昨日と同じようにエリクサーと極上回復リバイブヒールを掛け、少し話をしてから退出する。



そして昨日会えなかった娘の部屋に行った。


今度はノックもせずに問答無用でドアを開けた。


「キャッ! 誰よあんたは!」


「よお、昨日会えなかった薬師のハルだ」


部屋は寝室だけであったが、凄まじい有様だった。

糞尿の匂いが充満し、そこに腐敗臭が混ざっている。メイドも余り近寄らせないのだろう。長い髪は絡まり白かったと思う寝巻の服は白では無くなっている。

小学生低学年……いや、呪いのせいで老けて見えるが、5・6歳くらいか?

元々は美人なんだろうが、今はその影も殆ど無くなっていた。


そして御飯も余り取れていない様子がその小さな顔からはっきりと分かった。第二夫人よりも酷い有様で、頬は扱け、眼窩は窪み、骸骨に皮が張り付いている様な有様だった。


「誰が入って来て良いと言ったのよ!」


サイドチェストに載っていた陶器のコップをいきなり投げて来た!


ガシャーン!


「結界を張ってある。俺を傷つける事は出来ない」


「魔法使い…………」


「ああ、色々と使えるぞ」


手からポーションを出して自分で飲んで見せる。



「自慢を言いに来たの?出て行って!」


「イヤだね」


骸骨が怒っていた。

だが、見た感じよりも元気が良い。

多分この子も魔法が使えるんだろう。身体から魔力が駄々洩れしている。

俺と同じように魔力の底が感じられなかった。



「へー君も魔法が使えるんだ」


「教えないわ」


「使えるって言ってるのと同じだよ」


「チッ!」


行儀が悪いなぁ。

そこで俺は部屋の中を見渡してみた。


溢れんばかりの人形の数々。枕元にも幾つかの人形が乗せられてあり、置物は人形以外には待ったく無い状態だった。


子供だな。

遊び相手がいないからか人形を大事にして、今も枕元の人形をギュッと抱きしめていた。



「少し話をしようじゃないか」


「イヤよ!私はもう直ぐ死ぬの」


そして口を横に広げて口角を上げる。

これは笑っているのか。

しかし、もう直ぐ死ぬ人が笑うか?


「怖くはないのか?今は魔力で持っているだけだぞ」


「怖い?そんな物はとうの昔に捨てたわ」


「まあ、一杯やらないか?」


手の平にもう一度エリクサーを出して見せた。


「出ていけって聞こえなかった?」


「いつも一人なんだろ。話すくらいいいじゃん」


「馴れ馴れしい……」


「相手にも依るさ。いつも堅苦しく傅かれるよりは良いだろ」


「まあね」



少し変と言うか、歳の割には大人びている印象を受けた。

公爵の娘と言う位だから欲しい物は何でも手に入り、傅かれる事が当たり前の生活だったはずだ。

俺のように砕けた話しをするのは殆ど無かったはずなのに、順応するのが早すぎる気がする。


「俺も使徒だと言われているが、ご丁寧な対応より、砕けた方が話しやすい」



その瞬間空気が変わった。


「使徒?!」


「ああ、神に言われたんだ、まあ、直接じゃないけどな。結構いい加減な神でね。使徒なんて後で知ったよ。まあ、俺なりに色々やってるけど、何を目標にしたらいいか分からないしな」


「…………もう良いわ、帰って」

「まだもう少し――」

「帰って!!」



女の子は俺の反対側に体を傾け、布団を被ってしまった。


「…………エリクサーは此処に置いとくよ。出来れば飲んでくれ」


サイドチェストにエリクサーを置いて俺は部屋を出た。



難しい。

年頃の幼い女の子はこういうものか?


死ぬ事を分かっており、それを恐れていない。

何にも希望を見いだせず、誰も部屋に近寄らない。

ある意味可哀想な子だと思った。


少し時間を掛ける必要があるか。

それまで身体が持てばいいけど。




そして問題の公爵の部屋へと行く。

こっちはまた別の問題だ。


コンコン


「入れ」


「失礼します、今日もいい天気ですよ」


「エリクサーをよこせ!」


「はいそうですか、って渡すとお思いで?」


「では何しに来たんだ!」


「少し話をしましょう。公爵は神を信じますか?」


「神殿の手先か?」


フンッと顔を横に背けた。

神殿がどういう存在なのかは分からないが、余り良いようには思っていない様子だった。



「その神殿がどういう存在かは全く知らないので関係無いですね。単純に神を信じるかどうかです」


「いるのだろう。戦いの神、商売の神、全知全能の神……色々と話は聞く」


「私はそういうのとは違いますが、アプロと言う神に会いました。そしてその神の使徒になってしまいました。そこで幾つか分かった事があります」


「なんだ、言って見ろ」


「神は万能ではなく、人間の完全なる味方では無いと言う事です」


「そんな訳はないだろ。神殿では神は人間の味方であり、邪神や悪魔は人間以外の族種の味方だと決まっておる!」


「一部そう言う事もあるとは思いますが、私は違う世界で生まれ、そこで死に、神に言われてこの世界へと来ました。アプロはあちらとこちらの共通の神なのです。そしてあっちの世界では神は崇める存在と決まっていました。近すぎても駄目なのですよ。その圧倒的な存在は、時に悪魔よりも恐怖の存在になり得ます。

本当かどうかは知りませんが、悪魔が殺した人間よりも、神が人間を殺した数の方が圧倒的に多いと言う事です。

ある日、堕落した人間の都市が神の怒りを買い、そして一夜で滅びました。そう言う存在なのです」


「だから何だ。お前を崇めろと言う事か?」


「そんなつもりは一切ありませんよ、して欲しくもないです。俺は気の良い仲間とワイワイ楽しく過ごせればいいんです」


「だから何なんだ!」


「決して神は人間の都合よくは動かないと言う事ですね、分かりましたか?」


「ワシの言う事は聞かないと言う事か?」


「ある意味そうです」


「では違う意味では助ける事もすると」



フン、鋭いな。伊達に大貴族ではないと言う事か。


「実際の所、助かるかどうかも今は分かりません。最善は尽くしますが」


「金が目的ではないと言ったな。では何が欲しい?宝物庫の中の物か? 領地か? 何だ、言ってみろ!」



「公爵……貴方は自分の生まれたばかりの子供を殺しましたよね」


「ッ!! どこでその事をッ!」


動揺する公爵に、少し声真似をしながら言い聞かせる。


「『ええい!忌々しい!隣国の女を嫁に貰ったばかりに!この手で断ち切ってくれるわ!』って感じで殺しました……よね」


「誰からその事を聞いた……」



そろそろ本題に入るとしよう。



「俺は直接あんたから聞いたんだよ。俺はその時その赤ちゃんに生まれ変わったんだ。直ぐに殺されたけどな。罪もない赤ちゃんを殺す人殺しが!」



「くッ」


公爵は一瞬目を見開き、そして視線を外した。


「罪も無い子を殺す奴にやる薬はない!

だがしかし、お前の妻や子供らには関係の無い話だ。お前が死ねば家族は俺が助けようと言えばどうする?」


「ワシの命と引き換えか…………もしわしがその提案を断ればどうする?」


「お前の一族郎党皆に死んでもらう。ついでだ、領地のみんなにもあの世に行ってもらおうか。お前のしでかした事を王都で言いふらし、この地を更地にしてやる!」



選択肢は無いと思ったのだが、今更助かろうなどと言う思いに魔力の嵐が吹き荒れる!


ゴウッと言う音と共に風が部屋を回り、俺の銀髪が宙に舞い上がる!

この地に転移してから、初めての怒りだった。


「分かった!分かったから少し待ってくれ!一晩だ、一晩考える!」


「一晩だな、明日来る」



俺は怒りを抑えつつ部屋を出た。

既にこいつの未来は決まったも同然だった。

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