第16話 スイッチ

◆◆◆ 第16話 スイッチ ◆◆◆



「敵の総数は!?」


「数えきれません!ドラゴンを討ち取ったと言う報告がありましたが、まだ飛んでいる個体あり!」



「住民の避難は!?」


「大多数が反対側の東門から逃げています!」



「エリアスの所に早馬は出したのか!?」


「既に応援要請の馬を出してます!」



「子供達は?」


「既に今頃は住民と一緒に逃げている頃かと」



「良し!残っている者は全員撤退!急げ!」


「領主様!」


「意見は聞かん!遅れれば死ぬだけだぞ!命を残せ!再びこのハルロードに陽が当たらん事を!伊達に血塗りのハウンゼンと呼ばれてないわ!ガハハハハハ!行け!未来の町を作り上げるのだ!」


「すみません!!」


側近の兵士達は急いで城から離脱していく。




 誰も居なくなった城


「フフフ、武者震いか。身体が震えよるわ!来るなら来い!無傷でこの町を渡す訳にはいかん!」


椅子の横に立て掛けられていた大剣をハウンゼンは持った。


何処のどいつだ。俺の町を狙った奴は!


叩き斬ってやる!


ハウンゼン・シュタイナー子爵は鞘の無い大剣を肩に担ぎ階段を上って行った。


「俺の事を誰が…………ああ、そうかハルか」


階段を上りながら位階していた。


これは俺の狙った行動では無く、ハルを狙った作戦だと言う事を。



三階のバルコニーへと出た。

暇な時に時々上がる此処は眺めが良かった。城下を見ると、あちこちで家が燃えている。

薄っすらと明るさが出て来た空には悠々とドラゴンが旋回し、時々放つブレスが町を、城壁を壊していく。



「ココまでか」


薄っすらと見える西門からは溢れるように城壁を越えて魔物達が町中へと入っていた。

それを押し留める冒険者は圧倒的に少ない。


ハウンゼンは覚悟を決めていた。


ただ、一つ心残りがあるとすれば……………



それは子供でも死んだ元妻でも無かった。


ハルともう一度会いたかった。

あの時押し倒していれば良かったと思っていた。



「ふッ、心残りがハルだとはな。生きていればいいが、死んでいたらあの世で会うとしよう。後は頼んだぜエリアス兄ぃ」



柵に足を賭け、死にゆく町を眺めていた。

この城から動くつもりも無かった。

ココが俺の生まれた場所であり、ココが俺の墓標だと信じていた。


まさか、戦場がこの町になるなんて思ってもみなかった。


その時、階段を誰かが上がて来る音が聞こえていた。



「早速現れたか!見せてやるぜ俺の命を!」



カッパカッパカッパカッパ


何か聞き慣れた音がしており、耳を澄ましていた。


そして階段から現れたのは、一頭の馬だった。そして馬の下には見覚えのある一匹の犬、狼!


「ハルか!!」


馬が影から出て来ると、その背中には腹ばいになって運ばれているハルが乗っていた!


「ハル!!」


慌てて馬から下ろし、地面に横たえた!

鼻に手をやり、胸の鼓動を調べる!


「息はしている。心臓も!」


穏やかな呼吸だった。まるでぐっすりと熟睡しているような……


すると急に淡い光がハルを包みだす!


「んッ!これは!」


その場を少し離れて様子を見ると、ハルは仰向けに寝た状態で足を支点に起き上がりだした!


そしてそのまま垂直に立つと目を閉じたままで話を始めた。



『世話になっておる。こやつが意識を閉じているので代わりにわらわが代弁しよう。わらわはアプロじゃ』


直接頭の中に話しかけられているような声!いつものハルとは違う圧倒的な魔力の渦を感じ!そしてその威圧の凄さにハウンゼンは無意識で膝を着いていた!



「ハルロードの領主を務めておりますハウンゼン・シュタイナーであります」


大剣を横に置き、片膝を着いて頭を垂れた。

緊張感は無かった。そこにあるのは圧倒的な威圧!

神々しいまでの威圧感に神が乗り移っている事を悟っていた。


『よき領主であるようだな。クリムゾン、良い名を付けてもらい、こやつも喜んでおる。時と場所が良ければソチの妻にでもなったであろうが、こやつはわらわの使徒。一人の妻にはなれぬ』


「承知致しました」


「しかしこやつの奥底では抱かれたがっておるぞ。さて、お主。どうする?」


その声は笑っているようであった。

俺の心を確かめ、いや、気持ちを分かって反応を見て楽しんでいる。


「出来ればこの世との別れに抱きたいと言う気持ちはあります。ですが――」


『よい!時間も余り無いようじゃ。それにおぬしも、我慢出来ぬであろう』


「ッ!」



声を聴いた時から変だった。声で欲情するなどと今まで一度たりとも無かったのだ。

そして、その通りに体は反応していた。


頭を床から目の前のハル、いや、アプロと言う女神へと向けた。


すると左指に嵌めていた指輪を操作し、一瞬で裸になった。

その美しさ、妖艶さは女神が乗り移ったと呼ばれるだけのモノであった。


ハルは誰かのベッドに横たわり、その身体を起伏を見せつけて来た。



『遠慮はするでない。わらわは愛と美と性を司るものじゃ。ソチの情熱を注ぎ込め、今は無礼講じゃ』



その言葉に俺は初めて女を抱いた時のように興奮し、そして遠慮もせずにハルを抱いた。


何をどうしたかなど覚えていなかった。ただ、ハルに対しての思いをぶつけ、それに反応するハルを見て悦び、更に思いをぶつける。


気が付くと大の字で仰向けに寝ており、俺の腕枕にしたハルが半身に抱き着くように肌を合わせていた。



すると安寧の時間が終わったのか、ハルはムクッと起き上がる。



『そろそろ時間じゃ。そちの思いは無事にこやつに届いた。その思いにわらわも応えよう』



裸のままハルはバルコニーへと出ていく。

淡い闇に朝日が差し込み神々しい姿だった



『邪竜か、愚かな人間どもに操られおって』


半分以上廃墟と化した町の上空を旋回しながらブレスを吐いていた竜を見据えた!


次の瞬間!

旋回していたドラゴンの上空から真っ白い、何の曇りも無い透明感のある白い光がドラゴンへ向けて幾重にも降って来た!!


ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


光りの柱が連続でドラゴンへ向かって落下し、次々に落ちて来た光に撃たれ、地面へと落下し、更に攻撃を食らい続けたドラゴンは肉片も残さずに消滅していく。


『今回は特別じゃ。ソチの思いで、こやつの使徒としてのスイッチが入った。まだまだ未熟だが、これもソチのお陰じゃ。今更じゃがもう一つの闇も始末しておこう』


邸宅の西側に空から一筋の光が降って来た。

それは徐々に広がり大きくなると家一軒を包み込み真っ白に染めた!


慌てて逃げていく数人が見えた!

次の瞬間、音も無く崩れ行く家が上空へと舞い上がり、中から虹色の宝玉が見えたと同時に塵となって壊れていく。

その光は収束するとそこには何も残っていなかった。



ザザザザッ!


収束した光が一閃し、逃げていた人々を飲み込み石畳ごと蒸発させていった。



『あ奴らが今回の原因じゃ。アレを看破出来ぬようじゃ使徒の道は遠いのぅ。さて、お主はどうする』



俺は瓦礫の山になった町を見た。

ドラゴンは死に絶え、原因を作った奴らは消しとんだ。

だが、魔物の暴走は未だ止まってはいなかった。


「仲間がまだ戦いを続けている。此処が最後の戦場だと思ったが、城下が俺を呼んでいる。そこが俺の戦場だ」


俺は服を着こみ、汗や血しぶきが染み込んだ防具を装着していく。



『良い覚悟じゃ。ほれ、これをやろう』


裸の俺ヘハルは何かを投げて寄こした。

パシッと受け取るとそれは神々しいまでの0級ポーションだった。


『エリクサーじゃ。1本だけソチにやる。何処で誰に使うかは主の勝手じゃ』



「助かる!ではハル今生の別れだ、この城にある者は全て持って行け。何かしら役に立つ物があるだろう。この町はもうだめだ。東のノルド領へ!エリアス・クラウザー伯爵を頼れ!さらばだ!」


微笑むハルを一目見、俺は階段を駆け下りる!


俺は心おきなく戦える事を喜んだ!

身体も心も軽い!

今までで一番心身ともに充実していた。

玄関口で待っていた俺の馬に乗り城下へ走る!


まだ誰かが戦っているはずだ!

いや、俺一人になっていても最後の力の限り、俺は戦う!


西門に湧き出る魔物に突貫する!



「うぉりゃああああああああああああ!!」


俺は久しぶりに俺の町に血塗りのハウンゼンを具現化した。

まだ俺はやれる!

うれいは少しも残っていなかった。

女神が入ればハルは大丈夫だろう。

その少しの逃げる時間さえ俺が作れれば良い。


俺は大剣を掲げ、次の大物に対峙した。


「行かせる事は出来ねえぜ、ココで死んでもらう」


バカでかい魔物に俺は剣を下ろす。



へへっ楽しいな!

エリアス!後は頼んだぜ…………





◇◇◇第一章:異世界ハルロード 了 ◇◇◇

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