----第五話----

「あの、ここは……?」


 昨日と違って、ミスティシャーベットが私を連れてきたのは、見知らぬマンションの一室だった。

 ミスティシャーベットは無言で部屋の中へと私の手をひっぱっていく。

 そこは狭いワンルーム。

 余計なものがない、こざっぱりとした部屋で、ベッドとちっちゃなテーブルしかない。

 そのテーブルの上にはなんだかどこかでみたことのあるような眼鏡が置いてある。

 この眼鏡、どこで見たんだっけ……?


「まず、お風呂入ってきてください、傷口はよく洗い流して。そしたら手当してあげますから」


 不機嫌そうな、でもやさしさのこもった声でそういうミスティシャーベット。

 狭いワンルームに魔法少女の組み合わせって、なんか、こう、シュールだなあ。


「今日は助けにいくのが遅れてごめんなさい」

「……いいよ、結局助けてくれたんだし」

「急な残業が入ったんです、帰ってから疲れて寝入っちゃってアラートに気づくのが遅れたんです」


 仕事? 残業?

 魔法少女が?

 なにいってるの?


「いっときますけど、残業はあなたのせいですから。ほら、シャワールームはそこですよ、宮原さん」

「……私の名前、教えたっけ?」

「はぁ。やっぱり、ぜーーーーーーんぜん気づいてなかったんですね。いいです、もういいです、シャワー! はやく!」


 タオルを持たされ、私は急き立てられるようにシャワールームに入った。


     ★


 シャワーを浴びて出てくると。

 そこにミスティシャーベットはいなかった。

 かわりに、ものすごく見覚えのある女性が部屋の中で座っていた。

 重たそうなおかっぱ頭、黒縁の丸い眼鏡、濃い眉毛。


「……蒼井、さん……?」


 会社の事務の蒼井かすみさんがそこにいた。

 じとーッという目で私を見る蒼井さん。


「……ここ、蒼井さんの部屋?」

「そうです」

「ミスティシャーベットは?」

「ここにいるじゃないですか」


 自分の鼻をツンツンと指さしていう蒼井さん。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ひえぇ~~~~~~~~~~~!


「まじでいってる?」

「まじでいってます」

「……ほんとに?」

「ほんとです」


 いやありえないよ、蒼井さんはそりゃ若くてお肌もすべすべで、でもミスティシャーベットには似て……ん? そっか、でも眉毛をこう、こうして、髪をこうすれば……?

 私は脳内メイクアプリで蒼井さんにメイクを施す。

 な、なるほど、似てなくも……ない……ってか、けっこう似てる気が……。


「で、でもミスティシャーベットはどう見たって中学生くらいで」

「私が魔法少女になったのって、中学生のときですから。変身するとあの頃に戻るんです。っていうか。見せますよ」

「見せるって、なにを……」


 蒼井さんは小さな杖みたいなのを取り出した。マジカルロッドだ。

 本物っぽい、うわ、まじですか。

 それを振り上げると、


「シャーベットスパークチェンジ!」


 と叫んだ。

 するとどこからかポップなBGMが流れてきて……。

 え、なにこの音楽、どこで鳴らしてるの?

 そして蒼井さんはその場で舞い踊り始めた。


「勇気がはじける♪ かがやく心が♬ あなたの世界をきれいにするよ♪」


 歌いながら舞う蒼井さん、そしてその歌にあわせてどんどん変身していく。

 ピンク色のドレスがシュピーン! 

 スカートもシャラーン!

 真っ白なオペラグローブがシュイーン!

 そして耳飾りにペンダント、さらには重たい黒髪おかっぱが、ぶわわっ!! と一気にのびて、長いツインテールになっていった。

 そこには、私の愛しの人、ミスティシャーベットがいた。


 あの芋っぽい蒼井さんが変身したらほんとにミスティシャーベットになっちゃった。

 なるほど、変身するとメイクもされるんだ。

 めちゃくちゃおしゃれ眉毛になってる……。

 抑えた色のリップもすごく似合っているし……。

 かわゆい……。


「蒼井さん。ほんとに、あなた……」

「はぁ。顔バレしないように普段はわざとお化粧をしていないんです。メイクしちゃうとどうしてもミスティシャーベットっぽくなっちゃうから。ほかにもちゃんと説明しますけど、……その前に」


 蒼井さん――ミスティシャーベットは立ち上がって私の方へツカツカと歩いてくると、私が巻いているバスタオルを強引にひんむこうとした。


「や、やめて……」

「だめです、傷のチェックします、私、治癒魔法も使えるんで。自業自得だからじっとして!」


 蒼井さんの厳しい声に、私は「はい!」と元気よく返事をしてしまった。

 一日に二回も剥かれるとは……。

 そして丹念に私の身体をチェックする蒼井さん。

 うーん、私、男に裸を見られるより、女の子に裸を見られる方が、恥ずかしいんだけど……。


「鼻血は止まってますね、傷も……大丈夫かな、おなかにあざができちゃってますね、まああとで念のため治癒魔法かけてあげます」


 そして。

 そのまま、裸の私にガバッとだきついてきた。

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