第4話「トリック判明」

「このドール、売れたって言うてたな!」

「あ、ああ」


 しーちゃんはリーファさんに詰め寄り、リーファさんは引き気味に後退りました。


「そいつが怪盗ビックボインや!」


 確かに! このドールなら、あの暗い闇夜ならば。

 あの数秒を騙すだけのクオリティーはあります。

 それに、人形なのですから、身体にかかる負担も関係ありません。


「どこの誰が買ったんか白状せい!」


 更に詰め寄るしーちゃん。

 しかし、リーファさんは困ったような表情を浮かべました。


「分からない」

「そんなわけあらへんやろ! 買いに来たんやろ⁉︎」

「違うんだ、注文書とお金だけが届いたんだ」


 リーファさんの話によると、数ヶ月前に郵便で届いたようでして、その注文書の通りに発注し、書かれた住所の場所へと発送したそうです。

 つまり。


「その発送した場所が怪盗ビックボインのアジトや!」


 こうして住所の場所に向かった私達でしたが、その場所は昨日の事件現場。

 怪盗ビックボインが宙を舞った方のアパート、つまり飛び立った方のアパートの住所でした。

 ちなみに、誰も住んでない空き家だそうです。


「まあ、そうなりますよね」

「まずは現場検証やな」


 私達は、大家さんに室内の捜査をお願いしました。

 許可はすんなりと降りました。

 写真撮影をねだられましたが。


「ほんま、聞き込みや、現場調査に関しては、エンジェル探偵は最強やな」

「からかってますよね」

「助かっとるで」


 室内は、普通のアパートといった感じでした。

 リビング、キッチン、ユニットバス、寝室。一人暮らしか、新婚さんが借りるような部屋ですね。

 部屋の特徴としましては、寝室の窓が開放感たっぷりでして、外の景色を一望出来ます。

 この部屋を借りた人は、間違いなくここに座ってお茶をしますね。

 しーちゃんは、その窓を念入りに調べていました。


「何か分かりましたか?」

「ここからあの人形を飛ばしたのは間違いないやろな」


 窓は怪盗ビックボインが飛び移った向かいの建物に面しています。


「シャロ」

「はい?」

?」


 私は目を閉じ、昨日の出来事を思い返します。

 ビックボインが飛んだ時––––窓、開いてます。


「開いてました」

「せやろな」


 私、記憶力だけはいいんですよね。

 記憶力がいいからといって、現場で怪盗を追うのに役立つことなんて、道を覚えている––––くらいですけどね。


「よっと」


 しーちゃんは窓から顔を突き出し、下を眺めました。


「ふむ、まあ––––電線やな。電線の裏にワイヤーを隠したんやろな」


 窓から下を眺めますと、真下に電線があり、向かいの建物の屋根へと通じておりました。


「あん時は暗かったし、この辺は街灯も少ない。ワイヤーにニスなんか塗っとけば、見えへんのも当然や。上下左右やなくて、真ん中とはなぁ」

「では、怪盗ビックボインは、向かい側からワイヤーを引っ張り、人形を向こう側へ飛ばしたのですか?」


 しーちゃんは「いや」と首を振ります。


「人形が飛んだんは、煙幕の直後や。そもそも、一瞬で向こうの屋根に渡れるんなら、そないなことしなくてもえぇやろ」


 確かに!

 引っ張るなら、向こうの屋根の上に居ないと行けません。

 つまり、それをする為には一瞬で、まるで瞬間移動でもしたように、向かい側の屋根へと移動しなくては行けません。


「協力者とかは? 誰か他の人が向こうの屋根の上に予め準備していて、引っ張るとか」

「可能性はあるけど、怪盗ビックボインは間違いなく向かいの屋根の上に移動しとる」

「何故分かりますの?」

「手を振られたやろ?」


 あ、そうでしたね。

 あれは、人形ではありませんでした。


「ここからは、飛んだ理由やのうて、向かいの屋根に一瞬で移動した理由を考えなあかん」

「ですが、先程も言いましたが、それが出来るのなら、何故人形を飛ばすようなまどろっこしいことをしたのでしょうか?」

「せやな、怪盗ビックボインのことやから、空を飛んで探偵を圧倒したい––––と思うてもおかしないけど……」


 と、しーちゃんは窓の下を見ました。

 そこには、ゴミ捨て場がありました。


「ふむ、使い終わったワイヤーは、上手くあそこに落ちるようにすれば、証拠隠滅が出来そうやな」

「つまり、あそこにワイヤーが落ちるような掛け方をしたと」

「そうや」


 しーちゃんは一度下まで行って、向かいの建物との間を何往復かしてから、戻って来ました。


「シャロが協力者なら、解決出来るんやけどなぁ」

「私を疑っているのですか?」

「外見クリソツやろ?」


 それは、否定しませんけど。


「ビックボインが二人いれば、簡単なんや。逃走していたビックボインは煙幕の時に、下に降りて、シャロに変装する。で、向かい側にいるビックボインの格好をしたシャロが、人形をワイヤーで飛ばして、収納してから、こっちに手を振る」

「では、昨日しーちゃんは、ビックボインと一夜を過ごしたのですね」

「そうなるなぁ」


 しーちゃんはワザとらしく、おどけて見せました。


「まあ、シャロとは長い付き合いやさかい、昨夜のシャロも、今ここにいるシャロも間違いなく、本物のシャロや」

「当たり前ですよ! 大体、なんで私が怪盗ビックボインに協力するんですかっ! 私達の評判を落とした原因なんですよ、ビックボインは!」

「分かっとる、分かっとる」


 しーちゃんは私の胸を二回ほど揉みました。


「な、な、ななななっ、なにするんですかっ!」

「スキンシップや、気にせんとき」

「気にしますよ!」

「なあ、今調査中やさかい、少しは大人しく出来へんのか?」

「む、むぅぅぅうっ!」


 仕方ありません、怪盗ビックボインを捉えられなければ、来月の家賃も危ういのですから。

 ここは、我慢です。


「先程、ビックボインが下に降りたと言いましたが、そんな簡単に降りられますの?」

「そらぁ、ビックボインならワイヤーで––––」


 しーちゃんは何かを思い付いたようでして、目を見開き、


「いや、待ちや! そうや、降りたんや! 上の人形はカモフラージュなんや!」

「? どういうことです?」

「ちょい待ちや!」


 しーちゃんは部屋を歩き回り、時折外を確認し、また部屋をぐるぐる回り、十分くらい経った頃、「分かったで!」と元気よく答えました。


「本当ですか!」

「いや、まだ半分やけど、これで当っとるはずや!」

「教えてくださいな!」

「まずな、怪盗ビックボインは、ワイヤーを使い下に降りたんや。壁伝いにな。その時に、自身の身体を重りとして使い、人形を向こうの屋根に飛ばしたんや」

「どーいうことです?」


 しーちゃんは窓まで移動し、向かいの屋根を指差しました。


「人形に付けたワイヤーを向こうの屋根のあの出っ張りに通すやろ?」


 しーちゃんは向かい側の屋根の端を指差しておりました。

 屋根の飾りです。少し海老反りになってますね。確かにあそこなら、ワイヤーを通しても十分な強度がありそうです。


「で、折り返して、こっちの屋根の飾りに通す」


 上を見ますと、こちらの屋根も同じような飾りが付いておりました。


「でも、それだとここから引っ張らないと人形は、向こう側に行きませんよ」

「ここから引っ張ったんや」


 しーちゃんは窓から下を見下ろし、


「下に降りてな」

「あっ」


 引っ張ったのではなく、下に降りた。


「人形は降りるところや、降りたところを見られない為のカモフラージュなんや。上に視線を集めることで、下に降りた自分を目立たなくしとる」


 確かにあの時、わたくしは上を見上げておりした。

 飛んでいる怪盗ビックボインを見るために。


「あんなに目立つことをしたら、見ざるを得んからなぁ、上手いやり方や」


 関心したように頷くしーちゃん。


「では、怪盗ビックボインは一度下に降りてから……」

「せや、人形に注目を集めていりや間に、道路を渡って、向こうの建物の真下に行き、何らかの方法で上に登ったんや」

「階段では?」

「アホか、階段で屋根に上がれるはずはあらへんし、そもそも一瞬で上がらなあかん。怪盗ビックボインは、人形が向こうの屋根に分かってから、数秒で現れた」


 そうです、怪盗ビックボインは直ぐに出て来ました。


「ま、とりあえず向かいの建物へ行くで」

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