第1話

 深々と。 首までぬるい、 しっとりし た汚水になんとなく、 浸かっている感 じ。 が、 するような、 しないような。

「おっはよぉーう」

 その中に差し込む鈍色の朝日がなん だか眩しい。 ひどく冷めた色をした教 室の、 右から4番目前から5番目の席 に、私は座っている。 角の禿げた茶色 の机と脚元が埃だらけの椅子に。

「昨日なんか宿題出たっけ~?」

「英語の予習一」

「え、マジ!?やってねーわ」

今日も、一人。

「起立っ、気をつけっ礼っ」

無駄に張り切る委員長の声。半分も聞いていないクラスメイトがなんとはな しにお辞儀する。

「...... えー、 今日は全校集会でこの資料を使うので......」

遠い。 遠く。 遠い。

暗く、 眩しく、寂しい。

さようなら、 昨日の私、 おはよう、今 日の私。

「.......さーん」

あ、

「......さんさー、 やったー?」

違うか、

「ねーねー、 聞いてるー」

毎日、私は

「おいって、 」

おんなじか。

「おいおいおいおい、 聞こえまーす かーーー」

おはよう、 おんなじ私。

 グレイのカーディガンと緩い短パン は、 私のルームウエア。 カーディガン についてる同じ色のボタンがLEDの電 球に虹色に反射する。

 私はリビングの机に頬杖をついてぼん やりとする。 窓の外は曇り空。 曇り空 って偏頭痛がするから、 なんだかな ぁ。

「ほらっ早く勉強しなさい」

お母さんがカフェオレを前に置いた。

“ハヤクベンキョーシナサイ"

マグの中のカフェオレはミルクとコ ーヒーが混じり合い、 まだゆっくりと 回っている。 うっすらと牛乳の脂肪が 浮いている。

(あ、ベージュだ)

グレイにベージュて。 どっちも、 中途半端な色だなぁ。

黒と白、茶と白の、間。

(でも、)

マグを手に取る。

(どっちにも、白が混じってる)

見える。 雨雲から差し込む、 一筋の光。

(白が、 全てを濁らすんだ )

ごくん。 カフェオレを口いっぱいに 飲み込んだ。

「さーてと、 教科書26ページの...」

お母さんに聞こえるよう、 少し、大き めの声で言った。


  眠たくなるような時間が過ぎた。 外は突然降ってきた霧雨のせいで真 っ白な景色になった。 それは天使のよ うにやわらかで、ステージに立つ前の 緊張と、 うすい緑茶を飲むときの瞬間 を含んでいた。 そしてそれは白い水彩 絵の具を水に落としたときと同じ白色 だった。

(雨のせいの偏頭痛は嫌いだけど。 雨は好き。)

みるみる視界は同一色。 肌も湿り気で 気のせいか潤ってるような。

......コンコンッ、 コンツ

(え、)

誰かが窓を叩いたような気がした。急いでまとわりつくうすいカーテンをおしのける。 窓を開けると一気に雨の埃 っぽい匂いとどこかの昼食の残りのお かずの匂いが鼻腔をくすぐった。熱を 含んだ空気が、 冷房で冷えた部屋に侵 入する。辺りを見回す。 と、

(誰も、いない)

........

(そりゃそうか。)

 それにしても。 なんでこんな落胆した 気持ちになるんだろう。

「どうしたの?」

少し驚いたような、 苛ついてるような お母さんの声は耳に入らない。

「なんでもない。 たぶん、気のせいだ から」

すぐに座って、 古典の教科書を見なが らノートに予習し始めた。 その姿はご く真面目で、自分でも立派だと、思う。

 だから。

  胸がいっぱいになって無言で 透明の雫が目から溢れるのは誰も気づ かなかった。

 その雫は。 舐めたけど、なんの味もしなかった。

ただ、

(苦い)

とだけ思った。

嗚呼。 さあ。 哀しみよ、 初めまして。 人生はため息のように過ぎて行くか ら。だから。

別にいいの。

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