第2話・愛妻家の軍人
2月5日は何の日か分かるか?…そう!俺の妻の誕生日だ。俺の妻はお世辞にゃ美人とは言えねぇが、小さくて可愛い自慢の嫁でな、とにかく飯が美味いんだ。特にビーフシチューはな、俺の大好物なんだ。あぁ…また食いてぇな、あいつの飯。ははは、出来ればビーフシチュー…いや、それはもう…
悪い、話が逸れたな。で、あいつの誕生日の時は戦時中でな、当然俺たち軍人は毎日戦争さ。いつもよりもっと人の頭をブチ抜いたぜ。こんなことさっさと終わらせて家に帰るんだって意気込んでてな。なんせそんとき俺は1年も家に帰れてねぇんだ。1年だぜ?考えてみろよ、愛しの妻に1年も会ってねぇんだ。もう蕁麻疹が出そうで出そうで、もう妻のことで頭がいっぱいだったぜ。
清潔な服に着替えて、良い香りの香水つけて、大きなケーキと綺麗な花束持って、家に帰ったら抱きしめるつもりだったんだ。最高だろ?それであいつの手料理たらふく食って花束を渡すんだ。そんであいつの照れた顔に優しくキスをして、優雅な音楽流して、気が済むまで踊るんだ…。きっと最高の日になる。考えただけで胸が踊るんだ。ああ、早く会いたい…あの小さな体で俺を抱きしめてくれ…鈴のような可憐な声で俺の名前を呼んでくれ…………悪い、感傷に浸っちまった。とにかく、俺は家に帰りたくて必死で人間の頭をブチ抜いてたんだ。帰れなかったけどな。そりゃあ、俺1人が頑張ったくらいで1年続いた戦争が終わるとは俺も思っていなかったさ…
結局、家に帰れたのはそれから3年後だった。けど、誕生日は祝うつもりだったんだ。当然だろ?愛する妻の誕生日だ。何が何でも祝ってやるつもりだったんだ。ずっと祝えなかったしな。服は軍服のままだし、ケーキも花束も買えなかった。まぁ、家に妻さえ居れば良かったんだが…どうも様子がおかしくてな。街へ続く道から、なんだか、嗅いだ覚えのある、イヤな臭いがしてな、異様に熱い風が吹いて…人がたくさん走っていた。思わず叫んじまった。「なんだ!何があったんだ!!」ってな。
まともに口がきけるやつは居なかった。
あれは人の焼ける匂いだった。俺はすぐ人の流れに逆らって街へ向かったんだ。どうか無事でいてくれ!お前さえ居れば…お前のためにここまで来たんだ。あの時神か何かが目の前に現れたら、間違いなくこの願いのために俺は命でもなんでも差し出しただろうな。
今、妻とすれ違った。俺はそう感じて思わず手を掴んだんだ。そんで右手が火傷したんだが、そんなこと構うもんか。やっと妻に会えたんだ。火傷で面影は無かったが、俺が愛する妻を間違えるはずが無いだろ?「川へ行こう!」俺がそう言ったら、あいつは首を横に振った。
「バカね…助かるわけ、ないじゃない…」
あいつは笑っていた。
「何、言って…大丈夫だ。すぐ医者を連れてくるから…!」
人は皆川へ向かった。もう俺たち以外、誰もいなかった。
「全身…火傷、で…ぼろぼろ…こんな、姿じゃ…あなたに、迷惑を…かけるだけよ…」
つまが倒れ込む。
「迷惑なもんか!俺は愛してる!どんな姿になったって、永遠に愛してる!頼む…生きてくれ…」
「ふふ…あなたなら…そう、言うと、思ったわ…」
「なら…!」
「でも…軍人の、あなたなら…わかるでしょ…?あたし、もう…助からないって…」
そうさ、分かってる。怪我を見れば、もう、あいつが生きられないことくらい。
「だから…あなたと、すごしたいの…最期の、ときくらい…だめ…?」
あぁ…俺の妻はずるい。俺がお願いを断れないことを、よく知っている。
「……あぁ、お前がそう望むなら、いつまでも…」
でも、これだけは言いたかった。
「誕生日、おめでとう…」
あいつに聞こえていたかどうかは分からない。
ただ、あいつの笑顔が見れただけで満足さ。
俺はあれからずっと泣いた。ビーフシチューを見ると特にな、あいつの事を思い出しちまって。食べれば食べるほどあいつの味が恋しくて、苦しくて。
もう食べられないんだってな…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます