1話読み切り短編集
一人
第1話・多忙を極める
男の忙しさは目を見張るものだった。
この世に最も多忙な者に贈られる賞があるのなら、男は間違いなくそれを受章するだろう。
男にとって多忙というものは、切っても切り離せぬものである。男はこの忙しさが好きであった。
いつからか、男は多忙を極めていた。
学生の頃は学校の仕事を進んでやりたがり、家で過ごすほとんどの時間を勉学だとか家の手伝いだとかに費やした。
社会人になっても多忙を極めた。
「仕事をしろ」と嫌味を言う上司が「無理をしなくていい」と言う程度には仕事をした。
同僚に飲みに誘われても首を縦に振ったことなど一度もなく、男の生活は一に仕事、二に仕事、三に仕事であった。
男の趣味は多忙を極めることであると言っても過言ではなかった。
しかし、人間とは実に不完全である。
どれほど忙しさを愛しても、それに脳味噌が追いつくことなど出来やしないのだ。
故に、周りも男自身も、男が多忙を極めるあまり少しおかしくなっていることに気が付くことはなかった。
とある十五日、男はいつも通り朝の四時に目を覚ました。朝から男の生活は忙しい。
ベッドを整えることから始まり、ホテルマンすら倒れそうな緻密なスケジュールを笑顔でこなしていた。男は独身だった。恋人が「私と仕事どっちが大事なの!?」と聞いた際に迷わず「仕事。」と答えるからだ。
そして朝食を済ませ、いつも通り仕事に向かうために家を出た。
いつも通り始発の電車に乗り、いつも通り大量の仕事をこなし、いつも通り終電に乗って帰ってきた。
その瞬間、男は目が覚めた。
時刻は朝の四時。男は首を傾げた。どうやらとてもリアルな夢を見ていたようだ。気を取り直し、男はまた準備に取り掛かった。いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
そしてまた目が覚めた。
男はいつも通りの一日を過ごした。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
いつも通りの朝の支度、いつも通りの始発の電車、いつも通りの仕事、いつも通りの帰り道。
男は段々怖くなってきた。いつも通りの毎日を過ごす夢を、何度も繰り返した。
気が狂いそうになった。もしくはもう狂っていた。
夢から覚めたかった。
自身の頬をつねった。痛くなかった。まだ夢の中。
自身の頬を叩いた。痛くなかった。まだ夢の中。
自身の指を切った。痛くなかった。まだ夢の中。
自身の足をぶつけた。痛くなかった。まだ夢の中。
もっと強い痛みでなければダメだ。これを使おう。
男は自身の腹を刺した。痛かった。
ようやく夢から覚めた。
二十四日の出来事だった。
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