第310話 VS苫小牧農業5


 待望のランナーが出た。

 ここは最低でも同点にしたい。


 そう思ってたんだけど、隼人はセカンドゴロで、大浦は進塁。清水先輩はライトフライ。大浦はタッチアップで三塁へ。


 ランナーは進める事が出来たものの、ツーアウトになってしまった。


 「球威は確実に落ちてるっぽいですけど、甘いところには来ないですね」


 「やっぱりスタミナ不足だったのかな?」


 「そうじゃないですか? さっきから足を伸ばしたりしてますし、攣りそうになってるかもしれないですね」


 「怪我とかで練習が出来てなかったのかなぁ」


 恐らくそうじゃないかと思われ。じゃないと、あんな良いピッチャーがここまで無名なのはおかしいと思うでやんす。


 「ここで無理して投げさせなくても先があると思うけど…」


 「どうでしょうね。甲子園は高校球児を狂わせますから」


 本当に。メディアとか涙の160球完投とか、持て囃すけどね。そういうのを美談にして、選手を潰してるってのが何故分からないのか。


 そのくせ、美談の熱が冷め終わると、次は采配批判をする。監督が交代させなかったから、選手が潰れたとか。交代させたらさせたで、球児の夢を潰したとか批判するくせにね。


 選手も選手で、甲子園を神格化し過ぎてると思う。夢の舞台に来て、ここで潰れても構わないって思ってる人が多すぎると思うんだよ。


 プロを目指してないならそれもありかもしれないけどねぇ。なんかもにゃる。その後に野球をやる気がなくても、潰れるまで投げるのはどうなのかなーと思っちゃうんだよね、俺は。


 俺が冷めてるだけなのかな。前世、怪我で野球を諦める事になった身としては、なんかどうしてももにゃっちゃうんだよねぇ。


 まあ、それはさておき。

 ツーアウトながら、龍宮の同点のチャンス。


 打席には一二三少年。中学時代は天才少年と言われていた男。この子も怪我で野球を辞める寸前までいってたそうだけど、今の松尾君は一二三少年にどう映っているのか。


 特徴的な神主打法で、なんでそのフォームで打ててるのか不思議でしかない感覚派バッター。バットをゆらゆら揺らしてタイミングを取ってるみたいだけど、なんでそれでポコポコ打てるのか。羨ましい。


 そして松尾君が投げた2球目。

 一二三少年は完璧に捉えた。


 ど真ん中にフォークが抜けた半速球を一二三少年は見逃さずにフルスイング。打球はライトスタンドに一直線に飛んで行き、スタンドの最前列に飛び込んだ。


 一二三少年は片手をあげてガッツポーズをしつつ、全力疾走でダイヤモンドを一周した。


 逆転ツーランホームランに甲子園球場は地響きがするほどの大歓声。これは気持ち良いだろうなぁ。


 好投手からの逆転ホームラン。気持ち良くない訳がない。俺ならイッちゃってるね。まあ、俺が逆転ホームランを打つ事なんてあり得ないと思うが。


 松尾君は打球を見送った後は帽子をクシャッとして、天を見上げた。


 あれは多分限界だろうなぁ。ここを無失点で抑えたらアドレナリンで次の回もなんとかなったかもしれないけど、完璧に糸が切れちゃっただろう。


 本当に良いピッチャーだった。あの人が万全な状態で、この試合に挑んできてたらどうなってたか。


 願わくばプロの舞台で投げ合ってみたいね。

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