第309話 VS苫小牧農業4


 「豹馬、次の回からいくで」


 「いえっさー」


 金子が五回を投げ切った。結局ヒットは1本しか打たれてないけど、ここまで球数が92球。全力投球してるからか、肩で息をし始めてるし、ここらが替え時だろう。


 俺から見ても苫小牧農業の打線は良い打者を揃えてると思う。それを最低失点で抑えたんだ。よく頑張りました。後は俺に任せなさい。


 「おっ」


 問題はこっちの打線ですよと、五回裏の龍宮の攻撃。松尾君相手にいい様にやられてるからね。


 そう思ってたんだけど、先頭の大浦があっさりとセンター前にヒットを放った。本当にあっさりと、綺麗にセンター返しである。


 一塁ベース上の大浦は、首を傾げながらとりあえずといった感じでガッツポーズをしている。


 「ちゃんと見てなかったんですけど、何がありました?」


 「フォークが抜けたんじゃないかな?」


 「ほーう?」


 ここまで失投らしい失投が無かったのに? 


 「夏さん、松尾君の球数はどんなもんでしょ?」


 「今の蓮ので85球」


 夏さんは三年生のマネージャー。記録員としてベンチに入ってる。野球オタクで、記録をつけるのとかが大好きなクールなお姉さんだ。


 因みに蓮は大浦の下の名前ね。


 「やっぱりスタミナに問題があったりするんですかね?」


 「まだ1球しか抜けてないからなんとも言えないよ。ここまで失投が無かったのが凄いんだし」


 ふーむ。確かに。

 まあ、でもようやく出たランナーだ。ここでせめて同点にはしておきたいね。頼むぞ隼人。得点圏にランナーがいなくても最近は打ってるし、ここは期待させてもらいたいところです。



 ☆★☆★☆★



 「大丈夫か?」


 「大丈夫じゃないな」


 キャッチャーがタイムを取ってマウンドにやって来た。心配そうに声を掛けられるが、ちょっとこれはまずい。さっきから足が攣りそうだ。


 「正直前の回の浅見を抑えた時点で集中力とスタミナが切れてる」


 「どうする? 交代するか?」


 「それが一番なんだろうが…」


 今日の俺は自分で言うのもなんだが、神がかってるぐらい絶好調だった。恐らくさっきまではゾーンとやらに入ってたんだと思う。


 それがさっきの浅見を抑えた時点で切れた。ゾーンという不確定な要素に頼ってた訳じゃないが、俺は元からスタミナに不安を抱えている。スタミナが切れたから、ゾーンも終わってしまったんだろう。



 俺の今の身長は189cm。

 しかし高校入学当時は160cmしかなかった。度重なる成長痛に悩まされて、入学してから二年後半までほとんど練習ができなかった。


 ようやく医者にOKを出されてから、急に大きくなった体に四苦八苦しつつ、ようやくここまで漕ぎ着けたのだ。高校入学して最初で最後かもしれないマウンド。


 まだ投げていたいというのが本音である。まともに練習参加も出来なかったのに、甲子園の出場メンバーに入れてもらった恩返しもしたい。


 「まあ、正直ここまで俺達が打てないとは思ってなかった。あれが一応龍宮の三番手ピッチャーなんだろ? ほんとどうかしてるよ。お前が投げてなかったら、ここまで良い勝負は出来てなかっただろうし、俺はお前の意思を尊重するぞ。これは俺だけじゃくて、チームみんなの総意だ」


 「そうか…。なら限界までいってみるか」


 「だが、いいのか? あの龍宮打線をここまで抑えたって実績はプロのスカウトには残ると思う。ここで無理して怪我なんてしたら…」


 「今は先の事なんて考えてない。高校に入った頃はプロに行けるなんて思ってなかったし、実家の農家を継ぐ予定だったんだ。ここでもし潰れてもきっぱり諦められる」


 確かにこの活躍はプロのスカウトにいい様に映るかもしれない。でも俺はそこまでプロ野球選手になりたい訳ではない。


 土いじりをしてる方が楽しいし。だから今日は行けるところまで行かせてもらおう。

 

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