第211話 未遂
試合は1-0のまま九回表へ。
俺はしっかりノーヒットピッチングを継続中だ。
「緊張してる?」
「はい、とても」
投球練習を終えてガチガチなプリンスがマウンドにやってきた。
向こうは代打攻勢でくるだろう。
データが少ない相手と戦わないといけない訳だ。
「しかも差は僅か一点。震える展開だなぁ」
「三波先輩は余裕ですね」
俺ちゃん絶好調だし。
甲子園の舞台で完全試合やったし。
関東大会で今更ノーノーやってもなーって感じ。
渚ちゃんに褒めてもらいたい。そのモチベーションでやってます。
「ここまでのリードは悪くないんだ。さっきまでと同じ様にリードしてくれたら良いよ」
「頑張ります」
まだ緊張してるっぽいけど。
エラーしたってノーノーは消えないんだから楽なもんだと思うけどね。
これが完全試合とかならさ。バックも緊張するだろうけど、既に四球を出しちゃってるから。
気軽に行きましょうぜ。
先頭は7番だけど、案の定代打。
プリンスは様子見のアウトコースのストレート。
なんだか読まれてそうな気がするけど。
首を振ろうかなぁ。でも基本的には振らないスタンスで今日はやってきたしなぁ。
って事で、首を振らずに投球開始。
「んへっ」
やっぱり読まれてた。
バッターは思いっ切り踏み込んで強振。
打球は逸り過ぎたのか、ファールになったけど、思わず変な声が出てしまった。
一点までなら許容範囲。
延長になったら流石にうちの核弾頭達が出てくるだろうから、打ち負ける事はないはず。
俺は延長に入っても投げれるし、それでなくてもキャプテンが準備万端でスタンばってる。
もう少し大胆なリードをしていいんだぞーと念を送ってみる。果たして通じたのか、2球目のサインはインコースを抉るスラッター。
バッターはこの球も振ってきた。
打球はボテボテのゴロで三塁線を転がっている。
俺が処理するのか、サードの剛元が処理するのか。絶妙な場所だったが、プリンスの指示は早かった。
「ピッチャー!!」
いえっさー。
俺ちゃんの華麗なフィールディングを見せてやるぜとばかりにボールを素手で掴み、そのまま反転して一塁へスローイング。
矢のような送球はファーストミットへストライク。判定はアウト。
俺は動けるノッポなのである。
プリンスに良くやったとばかりにグローブを向ける。緊張してるだろうに、中々悪くない指示だった。この調子で後二人抑えたいもんである。
8番には代打を送らず。
いや、投手の増田だったんだけどね。
もし同点になったり、逆転したりしたら裏も増田でいくという意思表示だろう。
増田も俺のボールに必死に食らいついてきたが、最後は高速チェンジアップで空振り三振。
マジで俺はえげつない武器を手に入れてしまったかもしれん。使い勝手が良すぎるぜ。
そして最後の予定の9番。
代打で出てきたのはドカベ○の山田君みたいなずんぐりむっくりとした選手だった。
「それ、インコース打てるんですかねぇ」
山田君は凄かったけど、果たして君はどうなのか。
プリンスも同じ様に思ったみたいで、インコースへのクロスファイヤーを要求。
合点承知とばかりに早速投げる。
「えっ、あっ、ちょっ」
ガギンと鈍い音を鳴らして飛んでいった打球はフラフラと上がり、セカンド、ショート、センターの真ん中にポテンと落ちた。
「んはーっ!」
思わず声を出して天を見上げてしまった。
これはムカつくなぁ。どうせならクリーンヒットを打たれた方が納得出来る。
センターがウルなら、ショートが隼人なら取れてたかもしれない。まぁ、結果論だし負け惜しみにしかならないんだが。
浦和ベンチは大盛り上がりだ。
ノーノーは阻止出来たし同点のランナーが出た。
当然仮称山田君は当然代走。
そして龍宮ベンチからは伝令がやってきた。
「ふっ。ざまぁ」
「やかましいわ!」
伝令で出てきたのはレオン。
真顔で鼻で笑って煽るという器用な事をしてきた。監督は何を考えてこんな奴を送ってきたんだ。
ここは俺をよいしょしてくれる選手を送って欲しかったね!
そう思ってベンチを見てみたんだけど、俺をよいしょしてくれる選手なんてミズチぐらいしか居なかったや。一二三少年は外野だしさ。
「立ち去れーい! あの浦和ベンチの盛り上がりを今すぐお通夜にしてやんよ! 俺やってやんよ!」
グローブでしっしっと立ち去れアピールをする。
それを見たレオンはもう一度真顔で鼻で笑ってからベンチに戻っていった。
マジで何しに来たんだあいつは。
煽られただけなんですけど?
「プリンス。気にするなよ。打ち取った当たりだったんだ。飛んだ所が良かったってやつだ。安易にインコースを攻め過ぎたかなと思うけど、俺もあれがインコースを打てるとは思わなかったし」
「三波先輩大丈夫ですか? かなり早口ですけど」
う、うるひゃーい!
ノーノーなんて気にしてないし? とか思ってたけど、いざ直前で潰えると萎える。
渚ちゃんに褒めてもらう気満々だったしさ。
「とりあえずさっさと終わらせるぞ。希望が出てきた浦和には悪いけどな」
そう言って内野陣は元の守備位置へ。
牽制で殺してやろうと思ったけど、今日既に一回やってるからか、警戒心が凄い。
万が一でも同点のランナーを殺さないようにって事だろう。
それなら俺はありがたくバッター勝負させてもらいますよとばかりにツーシーム2球で追い込む。
ここで魔球のゴリ押しとは大人気ないとか言わない。勝てば良かろうなのだ。
そして最後は高めのボール球のストレートを振らせてゲームセット。
浦和ベンチの盛り上がりに水を差す三球三振である。
「すまんな。負ける訳にはいかんのや」
渚ちゃんが見てるし。
ミズチに次の試合も投げさせてやりたいし。
あーあ。やっぱりノーノーしたかったなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます