閑話 擬音
俺は目の前の光景を呆れながら見ていた。
一二三君がタイミングの取り方に苦しんでたので、何かの切っ掛けになればと急に覚醒した大浦君を連れて来たのまでは良かった。
最初は自分がコツを掴んだ時の再現をするかのようにブルペンでピッチャーの真似事を教えてただけなんだけど、あんまりしっくりきてない様子の一二三君を見て、大浦君は直接アドバイスをする事にしたようだ。
「いいっすか。腰っす。俺のタイミングの取り方は腰が命なんっす。ボールが来たらギュッと。ギリギリまで耐えてズバンっす。ひふみんはボールきたらガガッてなってるんすよ。なんとかギュッと我慢してズバンまで持っていかないとダメっす」
「ギュッときてズバンですか…」
大浦君は人に教えるのが致命的に下手だった。
感覚派の人間なんだろう。プロにもそういう人種はいた。天才肌の人間は大体そうだ。
大浦君も自分なりの理論があるみたいだが、肝心の所は全部擬音。
これじゃあ一二三君も訳が分からないだろう。
そう思って諦めようと思っていたのだが。
「ギュッとじゃないとダメなんですか? 自分的にはギュンって感じが理想なんですけど。打つ時もズバンじゃなくて、バルンみたいな感じで」
思わず耳を疑った。なんと一二三君は大浦君の擬音を理解するどころか、更に新たな擬音を出して素振りをし始めたのだ。
「あーひふみんはそっちタイプっすか。だから今はガガッてなってるんすね。それなら頭の位置をもう少し…。そうっす。で、トップの位置はこの辺で。どうすか? これで振ってみて欲しいっす」
「ちょっと窮屈ですね。やってみます」
大浦君のアドバイス通り微調整をして何度か素振りをする一二三君。
少し窮屈そうにしているが、顔を見る感じ感触は悪くなさそうだ。
「あー。まだ若干ガガッてるっす。脇をもう少しバツンと。そうっす。これでギュンにならないっすか?」
「あーしっくりきました! ギュンですよこれは!」
二人だけの世界に入ってしまっている
本当に理解し合ってるのか甚だ疑問ではあるが、一二三君的にはバッチリらしい。
まさかこういう形で解決の糸口が見つかるとは。
「後はバルンっすね。ひふみんはフォームが特殊っすからバットの出し方に注意して--」
「それよりこっちの方が良くないですか? 今はガインって感じなんですよ」
「おっ、良いっすね。それは俺も参考になるっす。こう、こうか、こうっすね。いやー、これ、俺も更に進化したかもしれないっす」
話してるうちに何故か大浦君も素振りを始めて、自分のフォームを微調整している。
今の意味不明な会話で新たなコツを掴んだらしい。
「きました! この感覚です! 自分の理想通りです!」
「じゃあまずは素振りでフォームを固めるっす。出来れば両打席で同じフォームでやるとズレてる部分が比較できておすすめっすよ」
「早速やってみます!!」
そしてそれからは毎日練習後に二人で擬音を交えつつ素振り。
そしてある程度フォームが固まったところで、満を辞してみんなの居残り練習に合流した。
「どうなんや? 見た感じどえらい事になっとるけど」
「なんかあれですね。自分がプロでレジェンドとか言われてるのが恥ずかしくなります。ああいうのを天才って言うんでしょうねぇ」
恩師で今は龍宮高校の監督に声をかけられ、ため息混じりに答える。
自分は才能を見抜く目と指導力にそれなりの自信を持っていたが、根底から覆された気分だ。
「あの二人を見てると、豹馬やレオン君は扱いやすい部類だったんだなぁ」
我が子やもう一人の天才をの事を頭に浮かべ、勝弥はしみじみとそう思うのであった。
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擬音ばっか書いてて頭がおかしくなるかと思った。でも本当にこういう人種が居るんですよねぇ。
作者のスポーツ経験はサッカーとバスケですが、天才達は本当にこんな感じでした。
理論を説明出来る人って一握り。最近は説明出来ない人はダメみたいな風潮もあるみたいですけど。
作者はこういう人たちは苦労するだろうなと思いながらも羨ましく思ってましたね。
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