第195話 覚醒


 「む? 大浦か」


 父さんが大浦を連れて一二三少年と何かを話している。大浦にアドバイスとかは出来ないと思うけど。あいつ、かなりの感覚派だからね。

 ギュッとしてシュパンですなんて言われてもどうやって打ってるのか分からないんだよ。


 「あれま。どこかに連れて行かれちゃった」


 「俺はどうしようか。他の子達のバッピでもしようかな?」


 「じゃあ俺の隣どうぞ」


 剛元は未だに金子にカーブを投げてもらって変化球打ちの練習。

 一二三少年の相手をしていたキャプテンは手が空いたので俺のバッピのお手伝いをしてもらう事に。



 そしてそれから約二時間。

 今日の居残り練習は終了。

 結局一二三少年は帰ってこなかった。


 「メインは一二三少年だったんだけど。まぁ、いっか」


 父さんがついてるなら変な事にはなるまい。

 俺は他の後輩の練習台になっておこう。


 そして金曜日。

 明日は試合って事で今日の居残り練習は軽めにする事に。少なくとも一時間で切り上げるように監督からのお達しがあった。


 あれから一二三少年は全体練習が終わると、居残り練習に参加せず、父さんとブルペンに行っている。何をしてるのか聞いてみたけど、大浦がピッチング練習でコツを掴んだように、一二三少年も投げてみれば何か掴めるのではという実験染みた事をしてるらしい。


 「ピッチング練習でコツを掴めるなら、今頃俺はメジャーでも通用するバッターになってるはず」


 「ふふっ」


 何笑ってるんだ金子。何がそんなにおかしいのか教えて欲しいもんだね。

 俺だっていつか覚醒するかもしれないじゃんか。

 でも金子って普通にバッティングも良いんだよね。ムカつく。


 「およ? 今日は一二三少年はこっちなんだ?」


 「はい! 今の俺はやばいっす!!」


 なんか滅茶苦茶興奮してらっしゃる。

 まさかコツ掴んじゃった感じ?

 おいおい。バッティングとはそんな簡単なもんじゃないんだぞ?


 「じゃあキャプテン。とりあえずお願いします」


 とにかく早く成果を見てみたいので、早速キャプテンにストレートオンリーで投げてもらう。


 「おお。すげぇ。タイミングばっちりじゃん」


 パコパコと当たり前の様に外野の間を抜いていく。ずっとリハビリ生活だったせいで、一二三少年は体の線が細い。

 そのせいで中々ネットまでは届いてないが、それはこれからに期待だろう。


 「じゃあ変化球も軽く混ぜていきましょうか。一応最初は球種を宣言してお願いします」


 「了解」


 変化球も軽々と。むしろ変化球の方が打ちやすそうにしてる感がある。


 「ほえー。バッティングってこんなに簡単なんだなぁ」


 なんかここまで来ると呆れてくるよね。

 あっちの剛元をみてみろよ。

 この居残りでだいぶ改善はしてきたけど、まだまだだぞ?


 後から聞いた話によるとピッチング練習はしてないらしい。いや、最初はしようとしてたけど、大浦が手取り足取り教えたとか。

 感覚派がどうやって教えるんだと思ったけど、一二三少年も感覚派だったのか、不思議とウマが合った。そして、大浦に指導してもらって、感覚を取り戻すんじゃなくて、新しい感覚を手に入れたらしい。居残り練習して一週間も経ってないのに、新たな感覚を手に入れるって…。ただの天才じゃん。

 父さんは擬音ばっかりで全く参考にならなかったと呆けた顔をして言っていた。何やら自分の常識が覆される事でもあったんだろうか。

 まぁ、それはさておき。


 「あいつはストレートの時は顔が動かないのに、変化球になると途端にキツツキみたいに顔が動くからな。それを矯正出来ればって感じ」


 「豹馬にだけは言われたくないだろうね」


 だまらっしゃい。理論だけは完璧なんだ。

 何故か体がその通りに動かないだけで。


 「三波先輩! お相手お願いします!」


 「ほう。その心意気や良し。捻り潰してくれる」


 キャプテンの球を粗方打ち散らかした一二三少年が勝負を挑んできた。

 キャプテンは明日先発だし、投げすぎは良くないからね。球種を宣言したとはいえ、ポカスカ打たれたキャプテンはまだやりたそうにしてるけど。

 今日はもうクールダウンして上がって下さい。

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