第350話 1年


 「ふむ。やっぱり無理か」


 ヘラクレスギラファの背中に座って、タバコを吸いながらため息を吐く。蝿の集団を大量に殺したら、ボスの特性を持った蝿が居なくなった。


 多分流れで殺したんだと思う。どこかで復活してるんだろうが、解析した限りでは近くにはいなさそう。


 「強くないけど殺せないか。めんどくせぇなぁ」


 もっと圧倒的強さがあるボスを想像してたのにさ。これじゃ、そこらにいる蟲と大して変わらん。


 そりゃ、ほぼ無限に増殖する蟲ってのは、脅威だけどさ。どうやらこの蝿達はこの縄張りから動くって事はしなさそうだし。


 放置してれば、うちの国に害はないだろう。もしこいつが本腰入れて蟲領域の森を制圧しようとしたら、多分簡単に出来るはず。


 数を揃えてる蟲達もいっぱいいたけど、こいつらは量が違いすぎる。単体で強い奴も、ひたすらこいつらに襲われ続けたらそのうち呑まれるだろう。


 それでもここの蝿達がこの縄張りから動かずにやらないのは、恐らくそういう野心的なのがないからだと思われる。というより、感情が希薄なんだよね。


 元から蟲に感情はないって言われてるけど、このヘラクレスギラファとかを見ても分かるように、あるやつは普通にある。


 「蝿のボスもそれらしきモノはあったしな」


 まあ、多分ここの蝿のボスはチキンなんだろう。フェニックスを超えるであろう不死性があるくせに、死に怯えてるような感じだった。


 「さて、どうしたもんか。あいつを今すぐ殺すってのは無理そうだし」


 「ギギギッ」


 ヘラクレスギラファの上で寝転がり、足をぶらぶらさせながら考える。


 一応今回の目的は達成した。経験値を稼ぎつつ、蟲領域のボスを拝む事は出来た。あわよくばそのまま蟲領域のボスを殺すか、眷属にしようと思ってたんだけど、ボスがビビって姿を見せないんじゃどうしようもない。


 あいつを殺そうと思ったら、この広大な森を一気に焼き尽くすぐらいの事はしないといけないだろう。流石のテレサでも、この森全体を覆う程の魔法は使えないだろうし、恐らく竜王でも無理だ。とにかく広いから。


 それにこの森は経験値牧場として、これからも役に立ってもらいたいし、希少な植物を採取出来る資源地帯でもある。


 逃げ回ってるボスを倒す為だけに、そんな勿体ない事は出来ない。ボスが明らかにこっちに害意があるならやるかもしれないけどね。


 「とりあえず近場の経験値が美味しい魔物を狩って回るか。一段落ついたから一旦帰りたいんだけど、まだ一年経ってないしね」


 「ギギギッ」


 ヘラクレスギラファの背中をペシペシと叩いて、適当に進んでもらう。一応この森はこれで全部探索し尽くしたと思うけど、まだまだ見逃しがあるかもしれない。


 なにせ俺のガバガバ地図だからね。ウェインがいたらもっと正確な地図を作ってくれただろうけど、残念ながらあいつは蟲領域にあんまり興味がないみたいだから。


 素材には真っ先に飛び付くくせにね。




 そうこうして半年近く。

 とうとう期限である1年が経った。


 「ふははははは! 見たか、グレース! 俺はやり切ったぞ! 今回の賭けは俺の勝ちだ!」


 「ギギギッ」


 がはがはと笑いながら、森を抜けて近くの要塞に向かう。気分は最高。賭けに勝った事もそうだし、1年なんだかんだ頑張れて嬉しいし。俺もやれば出来るじゃないか。


 これは俺の飽き性も少しは改善出来たんじゃなかろうか。


 「おろ? この辺はアラクネの縄張りだったはずだけど…? 綺麗さっぱり無くなってるな?」


 俺が森に入った当初は、まだここに縄張りを構えていたはずだ。糸をいっぱい張ってて、これぞ蜘蛛の縄張りって感じだったんだけど。


 キンブルがとうとう勝利したのか? まっ、帰ったら分かるか。

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