異世界転移はろくでもない



「さっきはすごいボコボコにされてたねー」

「笑い事じゃないだろ。マジで死ぬかと思ったわ」

 昼休みの終わり際——保健室から戻って来るなり、さっきの俺の無様な行動を杏理がケタケタと笑ってきた。


 この学校において陰キャという立場を確立している俺とは違い、杏理は陽キャに位置している。

 中身のない会話を何時間もできるコミュ力、万人受けするような顔立ち。それでいて誰にでも優しいという非の打ちどころのない性格。

 幼馴染という関係が無ければ話すことすらしない——いや、幼馴染であったとしてもクラスの人気者と日陰者とが楽しげに話していたら、愚痴やら批判やらが即座に飛んでくるだろう。


 しかし現実というのはよく分からないもので。まさに今、杏理と話しているのにそういった愚痴やらが飛んでくることはない。というのも杏理がとてつもなく馬鹿だからだ。それはもうありえないほどに。

 杏理に対して18禁のエッ——なことを言ったとしても、恥じらったりすることなんかない。そればかりか「その言葉の意味分かんないんだけど。おしえて?」と真顔で返してきて、言ったこっちが恥ずかしくなる。


 そんなバカな杏理だからこそ、俺と話していても「幼馴染だから……」という理由で許してもらっている、というのが悲しいところなのだが。


 このバカな幼馴染も俺も、そんなことをいちいち気にするような人間じゃないらしい。今日も今日とて一緒に登校したし、多分一緒に下校することになるのだろう。


「それでー? 今回はなんで殴られてたの?」

「——なにも。ただ向こうの気に障ったってだけだ」

 別に嘘は言っていない。可愛い女の子が言い寄られて困っていたから、止めに入った結果不良生徒の気に障っただけのこと。

 ——という、俺の言葉がこの幼馴染は気に食わないらしい。

「てーっきり、女の子が困っているから助けに入った——とかだと思ったんだけど。違うんだ? へー?」

 全く、バカなんだから素直に騙されていてくれればいいものを。

 煽り顔で俺のことを見てくる杏理から顔を背けた。あまりに図星過ぎて恥ずかしいことこの上ない。

「ほんと、悠は小学生の時から変わんないねー」

「うっせー。お前バカなんじゃねーのかよ」

「いくらバカでも幼稚園から高校まで一緒にいたら流石に分かるし」

「——なのに、小学校からやってるはずの数学は出来ないと」

「小学校は算数でしょ! 数学じゃないからのーかん!」

「大して変わらんわ。違うって考えてるから出来ねーんだよ」


 そんな風に杏理と楽しくしゃべっていた時、氷の上を通って冷えた空気のように冷徹な声が俺に掛けられた。

「そこまで田浦さんを馬鹿にしているってことは、当然あなたはできているのよね?言野辺くん?」

「……クラス委員長が俺に何の用?」

「とぼけるつもりかしら? この後の数学の授業、課題を出していないのはあなただけよ?」

 そう言って委員長こと涼瀬凜すずせりんは、当てつけのようにクラスメイト全員分のプリント課題を、名前が見えるように俺に見せつけた。

「あー……課題プリントね。すっかり忘れてたわ」

 確か、二日前に貰ってそのまま机の中にしまったハズ——という記憶を掘り出して、机の中からしわくちゃのプリントを取り出す。

「はい、これ」

「——あなたねぇ!」

「いや、なんで怒ってんだよ。それ俺のプリントなんだし、別に委員長の評価には関係ない——」

「あなたのこの行動は、真面目に課題に取り組んだ人を侮辱しているのよ!」

 と、委員長は唐突に俺の机をバンッ——と叩いた。

 その音が、もうすぐ授業が始まるということで静かになっていた教室に響く。


——本当にこの委員長は時と場合を考えていない。突然机をたたいて大きな音を出したら、クラスメイトの視線が俺と委員長に集中するのは分かるだろう。おまけに俺を怒鳴りつけたんだ。

傍から見たら、唐突に人を怒鳴りつけて机を叩くただのやばい奴にしか見えない。

「——侮辱してるに決まってんじゃん。こんなプリントやらないと成績が危なくなるってどんだけバカなんだって話だろ」

とはいえ、この委員長が怒っている理由は俺にあるわけで。

ささやかながら俺にヘイトが集まるようにフォローしてやった——のだが。

「いい加減にしなさいよ! あなたに人を侮辱する権利なんてないでしょ!」

全くもって俺の意図を理解してくれなかった委員長は、またプリントを机に叩きつけた。

「侮辱って権利があるからするもんじゃないだろ。てか、さっきからバンバン俺の机叩いてっけどさぁ。この机になんか恨みでもあんのかよ。お前が叩きまくるから教室の床だって光って——。……え?」

自分で言って疑問を感じずにはいられなかった。教室の床が光るなんて有り得ない。

というか、さっきまでは何の変哲もないただの床だったのに、何故いきなり光りだしたのか。

光るきっかけになり得ることなんて、目の前の委員長が机を叩いたことぐらいしか……。

「委員長……。お前、机を叩いて床を光らせるってどんな変人だよ」

「はぁ⁉ 私のわけないでしょ⁉」

そんなマジレスしなくても分かってるわ——と、心の中でツッコミながら何故光りだしたのかを考える——というか、俺はこの状況を知っている。


実際に経験したわけじゃない、知っているだけ——。

何故? どこで知った?

どこかで見たことがあるからだ。

だとしたらどこで見た?

インクタか? クイッタ—か? それともテレビのニュースか——。


と、頭を回転させている俺の隣で杏理がぼそっと呟いた。

「教室が光るってなんか、悠が読んでた異世界転生の本みたいだね」

そんな杏理の一言に「それだ!」と納得する——と同時に強烈なめまいに襲われた。

「なん、だ……これ……」

あまりに強烈なめまいに視界が回転しだして、やがて色さえも混ざり合い視界が黒い渦を巻いていく。


——そうして俺は意識を失った。


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