たか君が居なくて寂しいお姉さん

「それじゃあ行ってきますね」

「えぇ……たか君」

「っ!?」


 玄関先でギュッと真白さんに抱きしめられた。

 外に出る時と帰ってきた時、こうやって真白さんに抱きしめられるのはもはや当たり前になっていた。

 真白さんに抱きしめられたとあっては俺も抱きしめ返さないわけにはいかず、彼女の背中に腕を回して優しく撫でた。


「終わったらすぐに帰りますから」

「うん。どこかに寄るの?」

「いえ、真っ直ぐに帰りますよ」

「待ってるわね?」

「はい」


 チュッと、頬に行ってらっしゃいのキスをされて俺はマンションから出発した。


「……は~」


 息を吐けば白い靄が空気に溶けていく。

 季節は冬なので雪は降ってなくとも寒さは健在だ……というか、さっきまでの温もりが嘘のような冷たさに体が震える。


「後少しで卒業かぁ……」


 三年間過ごした高校を卒業し、新たな日々が幕を開ける。

 それは真白さんと共に過ごす日々であり、配信者としての真白さんを精一杯今以上にサポートしていく日々だ……俺が決めた道だ。


『……先生は不安だがなぁ。親御さんからは好きにさせると言われているんだが、詳しく話せない時点でな』

『それは本当に申し訳ないです。でも本当に大丈夫です――仮に上手くいかなかったとしても俺の決めた道なので』


 将来に関してやることは決まっていても、進路相談というのは先生と一緒にやるのが普通だ。

 先生が俺の状況を把握しているわけもないし、何なら安定しない人が大半と言われている職業に進むことは絶対に考え直せと言われるのは目に見えていたけど、最後には俺の意志が一番だとして納得してもらえた。


「お~い隆久~!」


 学校に向かっていた途中、待ち合わせしていた友人が手を振っていた。

 彼は前田宗二と言って俺の一番の親友であり、現状だと真白さんと正体と俺たちの関係性を知る友人では唯一の存在だ。


「おはよう宗二」

「おっす隆久」


 合流した俺たちはそのまま歩いていく。


「昨日の配信も最高だったな!」

「あはは……昨日は別室で眺めてたけど、確かに最高だったよ」


 昨日も真白さんは日が変わるまで配信をやっており、ずっと続けていたFPSゲームのマスターチャレンジ――所謂ランク上げ配信をした。

 俺とのプライベートでちょくちょく忙しくてしばらくやれていなかったけど、昨日はソロで挑戦しマスターランクに無事到達出来て配信は終わったものの、維持のためにまた時間を作ってランク配信はすると真白さんは意気込んでいた。


「マシロさんみたいにゲームも上手くて喋りも上手くなりてえなぁ……」

「まだまだこっからだろ。頑張れよ宗二」


 宗二は元々ゲームが大好きなのと配信者への憧れがあったのだが、その筆頭が真白さんのような有名人になりたいと言うものだ。

 親に無茶を言ってゲーミングパソコンを買い、動画投稿サイトにもアカウントを作って活動を開始したのである。無名で始めたのでまだ登録者は百人も居ないが、常に来てくれるリスナーが居るらしく本当に頑張っている。


「時々マシロさんが顔を出してくれるし嬉しいったらないよ」

「あぁ……あれ、驚くかなぁって笑いながらいつも行ってるんだぜ?」

「驚くに決まってる! つうか俺以上にリスナーがビビってるから!」


 数少ない宗二のリスナーには俺たちがリアルで知り合いということも伝えているので、最近では宗二の配信に真白さんがコメントするのも風物詩になりつつある。

 さて、こんな風に決して外に漏らしてはならない情報を喋りまくっているがちゃんと周りには気を遣っているため問題はない……そんな風にして歩いていると、宗二があっと声を上げた。


「どうした?

「……ほれ」


 スマホを手に見せてくれたのは真白さんの投稿だ。

 今朝に着ていたキャミソールのまま、胸元を強調するようなポーズだけでなく、蠱惑的な表情で舌を出しながら挑発しているかのようだった。


(……エロ過ぎますって真白さん)


 思えばこうやって写真を投稿したのは久しぶりに見た。

 【みんな、ましゅまろおっぱいからおはよう】……そんな風に書かれており、いいねやリプライ、リツイートが凄まじいことになっている。


「こう言うのを見る度に隆久が羨ましいぜ……」

「いつも配信の時に出たら言われるんだよな……」

「そりゃ言うだろ。ただでさえ美人でスタイルが良くて……しかもオタク趣味に理解があって料理も上手……こんなの人気にならないわけがねえもん」

「あぁ」

「でも……そんなマシロさんも隆久に一途と来た……ほら、付き合うことになった時の真白さんの真剣な様子とか切り抜きで再生数めっちゃ伸びてるだろ?」


 宗二の言葉に頷いたけど、確かにヤバい勢いでまだまだ伸びている。

 でも……だからこそ、嫌な連中というか面倒なのを呼ぶこともあるわけだ。


「隆久?」

「いや、何でもない」


 一瞬下を向いたことで心配されたが、大丈夫と言って歩き出す。

 それから程なくして学校に着いた後、席に座って俺は改めて一息吐いてからTwitterを開き……そしてDMを見た。


・死ねゴミクズ

・消えろ

・お前みたいな奴はマシロに相応しくない

・お前が居るからマシロの人気に陰が出来る

・どうせ脅したんだろゴミ野郎

・とっととマシロと縁を切れ


 ……とまあこんな風にアンチ的なメッセージが結構届いてしまっている。

 別にこれに対して精神を病んでいるわけでもなければ傷付いているわけでもないけど、やっぱり悪口は見ていて気分の良いものじゃない。


『たか君、私とのことで何か嫌なメッセージとか届いてない?』


 真白さんに続くように俺も少しだけ有名になったせいで、定期的に真白さんにはこんな風に心配されている。

 本当に傷ついていないから大丈夫と言い続けているけど、こういう嫌がらせをされていることは心配を掛けたくないので伝えていない……真白さんには常に気持ち良く配信活動をしてもらいたいからな。


(俺以上に真白さんもこういう経験があったことは聞いてるし、現在進行形で少なくはないはずだ……それなら俺がへこたれるわけにはいかねえよ)


 しかし、度を過ぎれば相談はしようと思っている。

 その時が来てくれないのを祈るばかりだけど……はてさて、どうなることやら


▽▼


「ふふっ、久しぶりだったけど反応が凄いわね」


 たか君が部屋を出た後、私は久しぶりに際どい自撮りを投稿した。

 最近こういうことをしていなかったのは忙しかったのもあるし、単にやろうとも思わなかっただけ……だからたぶん、またするにしてもかなり時間を置くはずだ。


「……はぁ」


 たか君が居なくなったリビングの中で私はため息を吐く。

 たか君と一緒に過ごすようになり、休みの日は四六時中一緒に居られるくらいになったけどやっぱりこうして彼が居ない時間は寂しい。

 今日の配信は夜からすることにしているので尚更暇を持て余してしまう。


「どんな言葉も響かないわ……嬉しいけれど、やっぱり心にはたか君が居座ってる」


 私を褒め称える言葉もそうだが、相変わらず抱きたいなどと言った言葉も多い。

 そのことに不快感を抱くことは僅かだが、こういう写真を投稿している時点で受け止めている……というか、本当に何も思わなくなった。


『真白さん、凄く綺麗ですよ。それにエッチで……良かったら今日、寝る前にどうですか?』


 そんな幻聴が脳裏に響き渡り、私ははいやんいやんと体を震わせる……チラッと窓ガラスで見えた私の表情は恍惚としており、絶対にたか君にしか見せれない。

 たか君が数時間後に帰ってくることは分かっていても、この長い時間をどう過ごそうか私はたか君の匂いが染み付いた枕を抱きしめ考えるのだった。




【あとがき】


ちゃんと真白たちを書けているかと思いつつ、一つ思ったことがあります。

やっぱり隆久と真白の日常を書くのはとても楽しいですね。

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