二章 「本当の気持ち⁇」
こうして匠との謎の勝負は、始まった。
私は匠にしてほしいお願いを考えてみたけど、すぐには浮かばなかった。
匠のことを考えると、どうしてか無茶苦茶なことを言えないとも思った。
だけど、私が仮に負けたらあの匠のことだから、勝ち誇った顔をしてくるだろう。
それは、なぜか悔しいなと思った。
だから私は、宿題をいつも以上にハイスピードでしていった。
「宿題終わったよ!」
夏休みが始まって、七日経った日のことだ。
匠からそんなメッセージが送られてきた。
私はすぐに返事が返せなかった。
驚きと信じられない思いが心の中でぶつかりあっていたからだ。
「どうせ嘘でしょ?」
自分でも最初に出た言葉がこれなのは、ひどいとすぐにわかった。
そもそも匠が嘘を普段つかないことを、私は知っているから。
でも、私はまだ受け入れることができなかったのだ。
だって私は、まだ半分も終わっていないのだから。
「ホントだよ」というメッセージの後に、丁寧にたくさんの宿題すべてが文字で埋め尽くされてる動画が送られてきた。
そんなところも、匠らしいなあと頬が緩んだ。
「どうやったらそんなに早くできるの?」
私は、動画を見た後すぐに匠に電話をかけた。
それはきっとまだ終わらせたくない気持ちがあっただろう。
夏、宿題、青春。
どれもまだ終わってほしくなかった。
匠と楽しく「今、私はここまでできてるよ」などとメッセージを送り合わなかったことを今後悔した。
私はまた、目の前のことしか見えていなかった。
「楽しむ」ということを意識していなかったのだ。
だから、これもあっという間に、何事もなかったのように、終わってしまったのだろう。
今更時間は戻らないことはわかっている。それでも考えずにはいられなかった。
本当は、どちらが先に終わるかなんてどうでもよかった。
ただ、私は匠と『青春』を味わいたかったのかもしれない。
「それは、秘密だよ。まあ強いて言うなら、勝負がかかってたからかな」
「えっ、たったそれだけ??」
私は、匠の言葉に驚いた。
それは、匠も私と同じように、この宿題の勝負を楽しんでいたととっていいのだろうか。
そうだといいなあとふと思った。
匠は、今どんな思いなんだろう。
「そうだよ」
匠は、優しい声でそう言ってきた。
どうしてだろう。
いつもはそんな風に考えないのに、今匠の気持ちを聞くことができない。
なんだかちょっとだけ匠の声が大人びて聞こえた。
それを悟られないように、私は話を終わらせることにした。
「つまりは、私はこの勝負に負けたのね。うん、完敗だよ。それで、匠のお願いは何?」
いつも何でも話してくる匠がわざわざ勝負してまで私に聞いてほしいお願いとはなんだろうか。
私は少しだけ胸がドキドキしてきた。
「八月二十六日の十七時に、学校の校門前で待っててくれない??」
匠は少し小さな声で、そう言った。
八月二十六日とは、夏休みが終わり学校が始まるの日だ。
「えっ??本当にお願いがそんなことでいいの?勝負に勝った貴重なお願いだよ??」
匠が頑張って宿題を早く終わらせたことは十分にわかるからこそ、そう聞かずにはいられなかった。
それに、そんなことぐらいわざわざ勝負しなくても、匠に言われたら私はすぐに「いいよ」と言う内容のことだったからだ。私たちにとって至って普通のことだ。
「いいよ。今お願いしたからね。絶対待っててね」
その日の匠との電話は、終わったのだった。
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