恋のベクトルとあなた
桃口 優/愛を疑わない者
一章 「宿題で勝負?」
「ねぇ、
高校最後の夏休みが始まる一日前。
学校では、教室だけでなく廊下でもクラスメイトが騒ぎまわっている。
騒いでも夏休みが増えるわけでもないのにと、私は毎年思っている。
私は一人夏休みに何をしようかなと、教室で雲一つない空を見上げた。
一方で、「もう高校最後の夏か」とも、胸が少し苦しくもなった。
初めて高校生として迎えた夏休みの時は、時間が無限にあるかのように思えた。何でも出来る気がしたし、目に入ってくるものはすべてキラキラして見えた。
それなのに、何も大きなことも起きることなく、もう終わりがやってきたからだ。
今までの時間を無駄にしてきたとまでは思わない。さすがにそこまで私はネガティブではない。
でも、私も他の人同様に『青春』というものを味わいたい気持ちがある。
でもなんというか、いつも私は乗り遅れてしまうのだ。
そんな時に、
騒いでるクラスメイトが聞くと、おもしろそうだと群がってきそうだなと思った。
こんな時も冷静な私だから、『青春』はやってきてくれないのかなとふと思った。
でも、私にとってはこれは日常の1シーンで、特に驚くところは本当にないのだ。
匠とは、いつも何か理由をつけて私に話しかけてくる男子だ。
小学校の頃からなぜかずっと学校も一緒だ。私が今通っている学校は、進学校のようにエスカレーター式に高校までそのまま上がるわけでもないし、お互いに受験先を聞いたことは一度もなかった。それなのに、いつも私のそばには匠がいた。
今でも匠が初めて声をかけてきた日を覚えている。大したことを匠が言ったわけでもないのに、なぜか覚えている。
私は、その時当然匠のことを知らなかったし、正直めんどくさいと思った。
だから、あまり真剣に話を聞かなかった。
でも、匠は私の態度は関係ないと言わんばかりにずっと話してきた。その日からほぼ毎日話しかけてくるようになった。
悪いやつではないとはすぐにわかったし、話しかけてくるのを適当に答え続けるのも悪い気がした。
だから、私が折れることにしたのだ。
いつも匠が様々な内容の話を一方的に振ってくるから、自然と学校では匠と一緒にいる時間が多くなった。
クラスの女子と話すより、匠と話す方が空気を読んでいろいろ考えなくてよくていいし、楽でよかった。
たまたま家も近くだったから、学校の行き帰りは毎日一緒に通学するようにもなった。
何が心を動かすかなんて誰にもわからないと今では感じている。現に今では私は匠とのやりとりを結構楽しいと思っている。
それを言うと、また匠が調子に乗るから、絶対に言ってあげないけど。
「なにそれ? そんなの終わってなくても、『終わった』って言えるじゃない??」
「いいじゃんいいじゃん。あとさ、負けた方が、勝った方のお願いを1つ聞くってのはどう?これだと、花凛も少しはやる気出てくるでしょ??」
「宿題の速さで勝負なんて、高校生が思いつくこと?」と呆れている私に対して、匠は無邪気な笑顔でどんどん話してくる。
「そんな条件までつけていいの? あとで『やっぱそれはなし』とか言っても聞いてあげないよ」
私はあえて意地悪な言葉を使った。
もしかしたら、いまだに匠が私を構う理由がわからないからかもしれない。
私はどちらかというと、感情が表に出にくいタイプだから、話をする側としても反応が薄くておもしろくないと思う。
そして、私の前ではこんな風に匠はふにゃっとした感じだけど、顔は整っていて普通にカッコいいジャンルに入る。しかも、私以外の女子にはなぜかハキハキとしていて、女子からかなり人気がある。
でも、匠はそんなクラスの女子たちには全く興味がないと言ってるかのように、いつも女子たちの熱い視線を爽やかな笑顔で流している。
わからない一番の理由は、私たちはこんなに仲良さげにしているけど、私には彼氏がいるからだ。
匠にもそれはちゃんと話してあるから、匠が私のことを好きだとは思えない。
そもそも私のことを恋愛対象としてみていないからこそ、私にだけ自分の弱みともとれるところを見せているのだと思っている。
異性間の友情は存在しないとよく言われるけど、匠となら信じてもいいかなと思っている。
匠が本当はすごく優しいことを、私は知っている。
ちなみに、彼氏はアルバイト先で出会った大学生だ。物静かで落ち着いた人だ。
匠みたいに、こんな子どもっぽいことは絶対に言わない。
私も子どもっぽい人より、落ち着いた人が好きだ。
「そんなのやってみなきゃ、わからないじゃん」
匠はいつも楽しそうに話をしてくる。
人の話し方にも色々あると、匠がいつも私に教えてくれる。
こんなにも楽しそうに話されると私まで気分が上がってくる。
だから、ついついいつもこう言ってしまう。
「いいよ」
私は、勝負を受けることにした。
そもそも私が嫌がりそうなことを、匠は言ってこないことに今気づいた。
私が「それはいいかも」と思えることをいつも話してきてくれる。
それは、匠が私のために話題を考えて選んでくれているということだろうか。
まあとにかく、『青春』を、少しだけ近くに感じられた。
「やった。絶対だからね。約束だよ」
「わかったわかった」
全力で喜ぶ匠を、私はいつものように軽く受け流したのだった。
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