郷愁~今はもう、何も。~

あの土地を離れてから どれほどの月日が経ったのだろう

まだ覚えている  桜並木の見事な並び 咲き誇るソメイヨシノ


優しいそよ風 芽吹く季節の緑の眩しさ 蛙の鳴き声

灼熱の太陽 時折吹く涼しい風に風鈴の音が鳴り

夜に凪ぐ大気は台地を癒す


見事な紅葉と 豊かな自然の恵み

やがて来る冬へと向けた 支度をする人々

白く白く 今つけた足跡さえ消してしまう雪

しんしんと降り積もり 時には風に舞い荒れ狂う


温かい鍋とこたつで ついついうとうとしてしまう

指がすぐかじかんでしまうほど冷たい水

雪室を掘って 野菜を備蓄する知恵

どれをとっても愛おしい わが故郷


だけど もう 今は すべて

私には遠すぎて 手が届かないもの

なつかしい景色さえ 遠ざかっていく


これが 大人になるという事なのだろう

すべてを手放して 私は今

違う土地で生きている


時折振り返っては 懐かしい気持ちになるけれど

もう 二度と あの場所に立つことはないのだろう

心の中では さよならを告げたはず

ただ あの土地ではぐくんだ知識だけが

私の今につながっているだけ


今度 大事な人と もっとゆっくり

私が育ってきた土地を 悔いのないように

見て回れたらいいな

私が好きだった全部を 見せられるとは思っていないけれど

もう一度だけ もう一度だけでも

大事な人に 育った土地を 感じてほしい


いつか…そう…いつかは…。



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