第25話 スズちゃん
それからはもう大変だった。いや、それまでだって十分すぎるくらいに大変だったんだけど、なんて言うか、大変さの種類が違った。
シノザキを倒して、スズちゃんが気を失った後、どうすればいいかわからなくなったわたし達は、とりあえずお父さんに連絡。
お父さんは電話の向こうですごーく驚いてたけど、すぐになんとかするって言って、それから警察の人たちがやってきた。
お父さんが言うには、妖怪の犯罪に直接対応できる人は、ほんの少し。だけどある程度事情を知っていて、そのサポートをしてくれる人は、警察の中にも何人かいるんだって。
こうしてシノザキは捕まって、わたし達はみんな揃って病院に行くことになった。
気を失ったままのスズちゃんはもちろん、わたし達も、大きなケガはないかちゃんと検査した方がいいんだって。
今は、それから一夜明けて、次の日の朝。わたしと葛葉君は、病院の一室にある長椅子に、二人並んで座ってた。
「なんだか、全部嘘みたいだね」
「ああ。一条が拐われて、お前と百鬼夜行契約して、シノザキと戦って……まるで夢でも見てたみたいだ」
昨日のことを思い出しながら、揃ってため息をつく。
検査の結果はなんともなかったんだけど、二人ともまだまだすっごく疲れてて、体中から力が抜けている。
けどその時だ。部屋の扉が勢いよく開いて、誰かが入ってきた。
「お、お父さん!?」
入ってきたのは、わたしのお父さん。お父さんは息をきらせながら、まっすぐにわたし達を見る。
「真弥、葛葉君。大丈夫か? ケガはないか?」
「あっ……う、うん」
まさか、こんなに早くお父さんがやってくるとは思わなかった。
お父さんはわたし達の無事を確かめると、ホッとしたように頬を緩ませ、だけどすぐに、厳しい顔へと変わった。
「二人とも。何もするなって言ったよね」
「はい……」
勝手なことして、やっぱり怒ってるよね。
いったい何て言われるだろう。そう思った、次の瞬間だった。
パン
乾いた音が辺りに響く。それからほんの少しだけ間をおいて、ようやく自分が頬をぶたれたんだって気づく。
それからお父さんは、葛葉君にも同じことをした。
頬が熱くなって、だけど不思議と、それを痛いとは思わなかった。それよりも、胸の奥の方がずっと痛くなる。
見ると、お父さんの手はビックリするくらい震えていて、顔は今にも泣き出しそうだった。
「もう二度と、勝手なことをしてはいけないよ。今のは、心配をかけた分だ」
「…………はい」
やるって決めたときは、スズちゃんを助ける事で頭がいっぱいだった。どれだけ心配かけるかなんて、考えてなかった。
悪いことをしたんだって気持ちがあふれてきて、気がつけば体中が震えていた。
だけどそれから、お父さんは震えるわたし達をギュッと抱きしめた。
「お父さん?」
「これは、スズちゃんを助けた分と、無事に帰ってきた分。よくがんばったね」
その時、ボロボロと涙がこぼれて、自分が泣いているんだって気づく。シノザキと戦った時も出なかった涙が、なぜか止まらなくなった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「幸太郎さん、ごめんなさい」
葛葉君も、涙は流してなかったけど、その顔はくしゃりと歪んでる。
スズちゃんを助けに行ったこと、後悔していない。だけど、お父さんに心配かけたことは、たくさん反省しなくちゃいけないって思った。
そんなわたし達の頭を、お父さんは何度もなで続けた。
それが、どれくらい続いただろう。流してた涙もようやく止まって、少し落ち着いたところで、また部屋の扉が開いて、誰か入ってきた。
それは、スズちゃんのお父さんだった。
スズちゃんのお父さんはわたし達を見るなり、深く頭を下げてきた。
「二人とも、鈴音を助けて助け出してくれて、本当にありがとう。どれだけお礼を言っても足りないよ」
顔を上げたスズちゃんのお父さんの目には、涙がたまっていた。きっと、スズちゃんのこと、凄く凄く心配してたんだろうな。
さっきお父さんに言ったごめんなさいってのは、間違いなく本当の気持ち。だけどそれはそれとして、やっぱりスズちゃんを助け出してよかったって思っちゃった。
「あの、スズちゃんは大丈夫なんですか?」
実はこの病院に連れてこられて以来、スズちゃんとは一度も会ってない。ずっとシノザキに捕まってたスズちゃんは、わたしや葛葉君よりもっとしっかり検査した方がいいってなったみたい。
だから、どうなっているのか、ずっと心配してた。
「ああ。そのことなんだけど、鈴音が二人に会いたいって言ってるんだ。よかったら、鈴音のいる部屋まで来てくれるかな?」
「本当ですか?」
もちろん行く!
そう言おうとして、だけどグッと言葉につまる。
もちろんわたしだって、今すぐスズちゃんに会いたいよ。だけど、不安なこともある。
シノザキを倒した後、スズちゃんはわたしと葛葉君の妖怪の姿を見て、気絶しちゃった。
スズちゃんは前にも、鬼の姿になったわたしを見て、怖くて気を失ったことがある。その時はあまりのショックで何があったか忘れてしまったけど、今度もそうとは限らない。
何があったか全部覚えていたら、スズちゃんはわたし達になんて言うだろう。
「あの……スズちゃん、本当にわたし達に会いたがってますか? もしかして、怖がったりしてませんか?」
会った瞬間、怯えられたらどうしよう。そう思うと、会うのが怖い。
するとその時、突然、部屋中に大きな声が響いた。
「そんなことない!」
えっ?
急な大声にびっくりして、声のした方に目を向ける。そしたら、いつの間に来ていたのか、部屋の入口にスズちゃんが立っていた。
「鈴音、まだ安静にしてなきゃダメだって言ってたじゃないか!?」
スズちゃんのお父さんが目を丸くする。だけどスズちゃんはそれに答えるより先に、一目散にわたし達のところにやって来て、勢いよく頭を下げた。
「真弥ちゃん。それに葛葉君も、ごめんなさい!」
「ふぇっ? なんでスズちゃんが謝るの?」
スズちゃんと会う心の準備なんてできてなかったし、突然のことに、わけがわかんなくなる。
「二人ともわたしを助けに来てくれたのに、わたし、そんな二人を見て気絶しちゃったでしょ。本当に本当にごめんなさい!」
スズちゃんの肩は震えてて、今にも泣き出しそうだった。
「えっと、じゃあスズちゃんは、わたし達が妖怪だってこと、もう知ってるの?」
「うん。さっき、お父さんから全部聞いた。真弥ちゃんが鬼で、葛葉君が狐の妖怪だってこと。それに、二人がわたしを助けてくれたことも。なのにわたし、二人に酷いことしちゃった」
「いや、そんなことないって。わたし達こそ、いきなり驚かせてごめんね」
スズちゃんはまだ何度も謝ってきそうな勢いだけど、ただでさえ誘拐されて怖い思いをしてたところにさらに驚くことがあったんだから、気を失っても仕方ないって思う。
それより、せっかく助かったのに、こんなに泣きそうになってるスズちゃんを見る方が辛い。
「じゃあ、スズちゃん。今はわたし達のこと、怖いって思う?」
「ううん。最初話を聞いた時はびっくりしたし、まだ信じられないって気持ちはあるけど、もう怖くなんてない」
スズちゃんは相変わらず泣きそうな顔をしてたけど、真っ直ぐにわたしを見て、決して目をそらさない。それだけで、本当にそう思ってるんだってわかる。
「じゃあ、今まで通り、わたしと友達でいてくれる?」
「いいの? だってわたし、酷いことを──」
「このままスズちゃんと友達でなくなる方がよっぽど嫌だよ。それとも、ダメ?」
そこまで言ったところで、スズちゃんの目から、とうとう大粒の涙がこぼれた。
「う……ううん。わたしも、真弥ちゃんと友達でいたい!」
涙を流しながら、抱きついてくるスズちゃん。けど、実はわたしも、ちょっぴり泣いてた。
スズちゃんに怖がられたままだったらどうしよう。もう友達でいられなくなったらどうしよう。そんな風に不安だったのは、わたしも同じだったから。
けど今は嬉しかった。
わたしが妖怪だってこと、スズちゃんに全部話して、それでもちゃんと友達でいられる。それが、すっごく嬉しかった。
スズちゃんの誘拐から始まった一連の事件は、これでおしまい。
わたし達に、日常が帰ってきた。
……はずなんだけとね。
実は一つ、前とは違うことになっちゃったんだよね。
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