第24話 シノザキを倒せ!

(どうしてスズちゃんがここにいるの? 葛葉君が連れ出して逃げたんじゃないの?)


 たとえわたしがシノザキに捕まったとしても、スズちゃんだけは逃がすんだ。そう思っていたのに!


 パニックになりながらあれこれ考えるけど、そうしている間にシノザキが動いた。


「ちゃんと縛っておいたはずたが、どうやって抜け出した?」


 シノザキは驚きながらも、あっという間にスズちゃんに近づき、腕をつかむ。


「きゃっ!」


 悲鳴をあげるスズちゃん。助けなきゃって思うけど、シノザキはもう片方の手をわたしに向けたまま、いつでも狐火を使えるようにしている。

 どうしよう。せっかく助けにきたのに、これじゃ全部ムダになっちゃう。


 だけどその時、スズちゃんが叫んだ。


「狐火っ!」


 するとその途端、スズちゃんの手から炎が出てきて、シノザキをおそった。

 本人が叫んだ通り、それはシノザキが使いかけていたのと同じ、狐火だった。


「ぎゃぁぁっ!」


 シノザキも、まさかこんなことになるなんて思ってなかったんだろう。すぐ近くで炎をあびて、苦しそうに膝をつく。


 でもなんで? どうしてスズちゃんが狐火なんて使えるの?


 けれど、その答えはすぐにわかる。驚くわたしの目の前で、スズちゃんの顔が体が、みるみるうちに変わっていく。


「変化の術!」


 何度も見てきた、葛葉君の変化の術だ。

 変わっていったスズちゃんの姿は、見覚えのある葛葉君のものになっていた。

 ただ、狐の耳とシッポがあるのが、普段との大きな違い。わたしがツノを生やしたのと同じように、葛葉君もこの姿の方が、妖怪の力を完全に発揮できるんだ。


「大江、無事か?」

「う、うん。だけど、スズちゃんはどうしたの?」


 こんな時でも、気になるのはスズちゃんのこと。作戦では、葛葉君が近くの交番かどこかに送っていくはずだったけど、とてもそんな時間なんてない。


「目を覚ましたから一人で帰らせた」

「そんな。一人でって、こんな夜に一人きりで!?」


 それじゃ今頃、とても心細い思いをしてるんじゃ。

 だけど、葛葉君は言う。


「それは悪かったって思ってる。けど、お前が危ない目にあってるかもしれないのに、放っておけるわけないだろ!」


 放っておけない。わたしだって、その一心で、スズちゃんを助けに来た。

 だからこそわかった。葛葉君が、どれだけわたしを心配してくれたのかを。


「ありがとね」

「…………」


 小さく言ったお礼に、葛葉君はなにも答えなかった。だけどなんだか、ほんの少しだけ、照れたようにも見えた。


「それより、今はシノザキをなんとかするぞ。不意打ちはできたけど、多分これだけじゃダメだ」


 葛葉君が見つめる先には、苦しむシノザキの姿があった。百鬼夜行契約をしたことで、葛葉君の狐火もパワーアップしてるはず。だけどそれをまともにくらっても、シノザキはやられたままじゃいなかった。

 フラつきながらも、ゆっくりと立ち上がってくる。


「ガキどもが。ナメやがって!」


 わたしたちに向かって手をかざすシノザキ。

 次の瞬間、シノザキと葛葉君、二人の声が重なった。


「狐火っ!」

「狐火っ!」


 二人の狐火が同時に放たれ、ぶつかり合う。


 百鬼夜行契約は、わたしの中にある妖力を、葛葉君にあげてパワーアップさせるもの。

 狐火の威力も上がって、シノザキの狐火にだって負けちゃいないけど、その分わたしの妖力は吸いとられいって、すごく疲れる。それに、このままじゃ長くはもたない。


 だから、その前に何とかする!


「うわぁぁぁぁっ!」


 シノザキは今、葛葉君の狐火に気を取られていた。それがチャンスだった。

 炎を掻い潜って一気に近づき、思いっきり拳を打ち付けた。


「がぁぁっ!」


 シノザキの体が吹っ飛ぶ。鬼のバカ力を全開にしたパンチだ。ただでさえダメージがあるのに、こんなのまともにくらって、無事ですむはずがない。


 シノザキは部屋の入口付近の壁に叩きつけられると、そのまま倒れ込んだっきり、動かなくなった。


「はぁ……はぁ…………やったの?」

「多分」


 そんなやり取りの後、わたし達もペタンと床に座り込む。

 二人とも息も絶え絶えで、もう立っているのも辛かった。


「俺、今の狐火で、力使い果たした」

「わたしも、怖いし疲れたし、もう限界」


 もしまた稲葉が起き上がってきたら、今度こそもうどうすることもできない。それくらい、わたしたちは疲れきっていた。


 だけど、気を抜くのはまだ早かった。


 これならもう立ち上がれない。そう思っていたはずのシノザキが、かすかに動いた。


「あ……あ…………」


 そんな声をあげたのは、わたしと葛葉君のどっちだっただろう。震えるわたし達の目の前で、シノザキはフラつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。


「お前ら……殺してやる…………」

「ひっ!」


 低く、絞り出すような声に、思わず悲鳴をあげる。


 今のシノザキは、いつ倒れてもおかしくない。多分あと一回でもダメージを与えたら、今度こそ本当に倒すことができる。そう思えるくらいにボロボロだった。

 けど今のわたし達には、もうそんな力は残っていない。さらき、怒りに燃えるシノザキの姿は、心をくじくのには十分だった。


(も、もうダメかも……)


 あまりの怖さにどうすることもできなくて、震えながら、葛葉君と二人で身を寄せ合う。


 自然と手を繋いて、覚悟を決めたように顔を伏せる。だけど────


 シノザキがあと一歩って所にまで迫ったその時、ゴンッっていうにぶい音がして、突然シノザキが床に倒れた。


「な、なに!?」


 葛葉君の狐火に、わたしの全力パンチ。それをまともにくらいながらも立ち上がってきたシノザキも、とうとう限界だったみたい。

 倒れたっきり今度こそピクリとも動かなくなっている。

 助かった。でもなんで?


 わけがわからずに顔を上げると、倒れたシノザキの後ろに、別の誰かがいた。

 それは、ガクガクと震えながら、短い木刀をかまえるスズちゃんだった。


「す、スズちゃん!?」


 ピンチの場面でやって来たスズちゃん。まるで、さっき葛葉君が助けに来た時みたいだ。


「ねえ葛葉君。あれも、変化の術だったりするの?」

「そんなわけないだろ。あの木刀は、何かあったときのためにと思って、オレが一条にわたしたものだけど……」


 目の前でおきたことが信じられなくて、葛葉君と二人で顔を見合わせる。

 すると、スズちゃんが言った。


「あの……さっき男の人に逃げろって言われたんだけど、その人それから、大江って叫んでから走っていったの。それで、もしかしたら、真弥ちゃんも捕まってるんじゃないかって思って……」


 葛葉君が、しまったって顔をする。

 そんなこと言ってたんだ。そのせいでスズちゃんが逃げずに戻ってきたけど、おかげでわたし達は助かったんだから、結果オーライ?


 けど、そんなこと考えてる場合じゃなかった。


「あ、あの……真弥ちゃんと、葛葉君、だよね?」

「へっ?」


 そりゃそうだよ。そう言おうとして気づく。

 今のわたしには、鬼のツノが、葛葉君には、狐の耳とシッポがついていることを。


 しまった!

 そう思った時には、もう遅かった。


 ついさっきまで、シノザキに捕まってたスズちゃん。ようやく逃げ出せたと思ったら、こんなの見たんだ。ショックを受けるには十分すぎた。


「真弥ちゃん? 葛葉君? なんで? どうして? えっ? えっ──」


 パニックになったように声をあげるスズちゃん。

 けどそれも束の間。目をグルグルと回したかと思うと、体を大きく揺らして、その場に倒れちゃった!


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