第21話 わたしたちの決意

 道場の床に、一本の巻物を広げる。

 これに二人で手をかざし妖気を込めると、百鬼夜行契約ができる。そうお父さんは言っていた。

 今からわたしと葛葉君とで、それをやるんだ。


「ごめんね。それに、ありがとう」

「別に、俺が自分でやるって決めたことだ」


 葛葉君は、お父さんの百鬼夜行に入ろうとしてる。こんな勝手なことをしたら、それが叶わなくなるかもしれない。

 なのに葛葉君は、そんな不安は一切言わず、巻物の上に手をかざす。

 わたしも、同じように手をかざした。


「じゃあ、いくよ」


 巻物に向かって、自分の体に流れる力を込める。手を伝って、全部の力を外に出すイメージだ。

 それをどのくらいやればいいのか、加減なんてわからない。わからないから、何かが起きるまで、ただひたすら続けていく。


 そしたら、急に今までとは比べものにならないくらい、体中の力が一気に抜ける。


「うぅっ!」

「おい、大丈夫か?」


 まるで、何キロも全力疾走したみたいに疲れる。だけど、力を込めるのをやめようとは思わなかった。これも、百鬼夜行契約を成功させるために必要なことだと思ったから。


 すると、どういうわけか自然と口が動いて、考えてもいない言葉を勝手に喋りだす。


「汝、我が眷属として、その身を捧げることを誓うか?」


 眷属って、たしか身内とか家来みたいな意味だよね。

 そんなことを考えてたら、葛葉君がそれに答える。


「我が主のため、この身を捧げん」


 すると今まで感じていた、力が抜ける感覚が、しだいになくなっていく。疲れが完全にとれたわけじゃないけど、少しずつ体の調子が落ち着いていって、巻物に力を込める感覚も、自然と途切れてしまっていた。


「えっと……これって、うまくいったのかな?」


 なにしろ百鬼夜行契約なんて、今初めてやったんだ。これでいいのかなんて、全然わかんないよ。

 だけど困惑するわたしとは違って、葛葉君はハッキリと頷いた。


「多分、大丈夫だと思う。さっき、体の中に大きな力が流れてきたような気がしたんだ。きっと、うまくいった証拠だと思う」

「そうなの?」


 わたしには確かめようがないけど、実際に力を受け取った葛葉君がそう言うんだ。これは、何よりも心強いことなのかも。


「って言うか、そんなのもう一度コックリさんやってみればわかるだろ。うまくいっていたなら、俺が知らないことでも、答えられるようになってるはずだ」


 そうだ。わたしたちが本当にやりたいのは、百鬼夜行契約じゃなくて、そっちだ。


 早速地図を広げると、さっきと同じように、その上に十円玉を置いて指で押さえる。


「じゃあ、いくよ。コックリさん、コックリさん、おいでください。スズちゃんは今どこにいますか?」


 私がそう言うと、葛葉君の体が十円玉に吸い込まれる。ここまではさっきと同じ。そしてさっきは、十円玉はグルグルと回るだけで、スズちゃんの居場所はわからなかった。


「コックリさん、コックリさん、スズちゃんはどこ?」


 お願いだから見つかって。祈るような気持ちで、もう一度尋ねる。


 すると、十円玉がゆっくりと動き出す。同時に、さっき百鬼夜行契約を結んだ時みたいに、体から力が吸い取られるような感覚になる。

 百鬼夜行契約ってのは、主であるわたしが葛葉君に妖気をあげてパワーアップさせるってやつだから、葛葉君が力を使ったら、その度に吸い取られる。ってことは、契約はうまくいったってことだよね。


 十円玉は、最初はやっぱり、地図の上をグルグルと回ってるだけだった。

 だけど、しだいに回る範囲が少しずつ小さくなっていって、ある一箇所を指したっきり、動かなくなった。


「ここにスズちゃんがいるの?」


 そこは、わたし達の街の中心から、ほんの少し離れた場所。意外と近くて、その気になれば行けそうなくらいだ。


 お父さんが帰ってきたら、すぐに知らせて助けに行ってもらおう。


 だけどその時、十円玉に変化がおきた。


 突然、めちゃくちゃに動き出したかと思うと、凄い勢いで、地図の外に飛んでいった。


「な、なに!?」


 驚いていると、十円玉の中から葛葉君が出てくる。そして、悔しそうに手を床に叩きつけた。


「やられた。俺たちが居場所を見つけたってこと、シノザキに勘づかれたみたいだ」

「えっ?」

「あいつも俺と同じ妖狐だからな。俺がコックリさんで探ってるのに気づいて、妨害する術を使ったんだ」

「そんな……」


 せっかく百鬼夜行契約までしたのに、こんなにあっさり邪魔されるなんて。


「じゃあ、さっき指した場所にはいないの?」

「いや、あの時点では妨害はされてなかったから、そこにいるのは間違いないと思う。けど場所がバレたってわかったら、どこか他に移るだろうし、これからは同じ手はくわないように対策だってすると思う」


 だよね。どこにいるかバレてるのに、そのまま同じところにい続けるなんてありえない。


「今すぐ行けばまだ間に合うかもしれないけど、幸太郎さん、すぐには戻ってこれないんだよな」

「うん……」


 お父さんが戻って来るまでどれくらいかかるかはわからないけど、シノザキがスズちゃんを連れて別のところに行くには、十分すぎると思う。


「今度こそ、何かできるって思ったのに」


 目の前で、スズちゃんが拐われた時のことを思い出して、悔しさが込み上げてくる。


 あの時わたしは何もできなかった。スズちゃんが連れていかれるのを、見ているしかできなかった。

 そして今も、居場所がわかったのに、行こうと思えばわたし達でも行けるくらいの場所にいるのに、どうすることもできないでいる。


「今からわたしが助けに行くの、ダメかな?」


 気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。


「おい、本気かよ?」


 驚く葛葉君。そうだよね。わたしだって、とんでもないこと言ったって思う。


 けど、どうしても考えてしまう。さっきコックリさんが指した場所に、今は確実にスズちゃんがいるって。すぐに向かったら、助けられるかもしれないって。


「どれだけ危ないことか、わかってるのか?」

「それは……」


 ぐっと言葉に詰まる。それに、ブルブルと体が震える。

 またシノザキと会ったりしたらさっきよりもずっと、怖くて危険な目にあうかもしれない。

 そう思うと、平気だなんて強がりは言えない。できることなら、もう二度と会いたくない。


 だけど、だけど、たとえどんなに怖くても、じゃあやめようなんて言いたくなかった。


「危ないってこと、ちゃんとわかってる。でもスズちゃんは、その危ないにあってるんだよ」


 昔、鬼の姿になったわたしを見て、スズちゃんが泣きじゃくってた時のことを思い出す。今スズちゃんは、その時よりももっとずっと怖い思いをしてるはず。


 それを思うと、じっとしてなんていられない。


「わたし、スズちゃんを助けに行く」


 震えるのを必死で堪えて、ハッキリ口にする


 葛葉君、怒るかな? 呆れるかな?

 けどどれだけ反対されても、どうしてもスズちゃんを助けたかった。


「なら、行くか。二人でな」

「えっ?」


 それって、葛葉君も行くってこと? そりゃ、わたしは行くつもりだったけど、葛葉君まで巻き込む気はなかったんだけど。


「まさか、危ないからよせなんて言わねえよな」

「それは……言えないけど」


 なにしろ、その危ないことを言い出した張本人がわたしだからね。


「本当に助けたいなら、一人より二人の方が、できることが多いだろ。今の俺なら、百鬼夜行契約のおかげで、さっきより強くなってる。だいたい今の俺はお前の百鬼夜行の一員なんだぞ。主が危険な目にあうかもしれないってのに、放っておけるかよ」

「葛葉君──」


 葛葉君の言葉を聞いていくうちに、いつの間にか、目に涙がたまっていたのに気づく。

 一人でも行く。そう決めたけど、やっぱりすごく不安だった。一緒に行くって言われて、嬉しかった。


「ありがとう──」

「別に礼なんていらねえよ。さっきも言ったろ。俺は、お前の百鬼夜行の一員なんだからよ」

「百鬼夜行って言っても、二人しかいないけどね」


 お父さんの百鬼夜行より、さらに少ない。こんな時だってのに、それが何だかおかしかった。


 ほんの少し緊張が解けたところで、葛葉君の前に、握りこぶしを突き出す。


「二人で助けに行こう」

「おう!」


 そう言うと、葛葉君も同じように握りこぶしを突き出してきて、わたし達は、お互いのこぶしをぶつけ合った。

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