私たちにできること

第20話 百鬼夜行契約

 シノザキの狙いがスズちゃんなら、これ以上わたし達が狙われることはない。

 そうわかっていても、今一人になるのはなんとなく不安で、葛葉君は今日もうちに泊まってもらうことにした。


 二日連続のお泊まり。昨日と違うのは、スズちゃんがいないこと。それに、重苦しい雰囲気が漂ってることだ。

 お父さんはゆっくり休んでって言ったけど、とてもそんな気分にはなれないよ。


 するとそんな中、葛葉君がポツリと言った。


「なあ。地図ってあるか?」

「地図? あるけど、どうするの?」


 急に不思議なことを言い出した葛葉君に、わけがわからず首を傾げる。


「なあ、大江。俺、もしかしたら、一条が捕まってる場所がわかるかもしれない」

「えぇっ?」


 いったいどうやって? それがわったらすごいことじゃない!


「前に、妖狐族が使える術の中に、コックリさんがあるってのは話したよな」

「うん。葛葉君が十円玉に憑りついて、占いみたいなことやるんだよね」


 そっか。それでスズちゃんの居場所を占えばいいんだ。

 けど、喜んだのも一瞬だ。


「でもそれって、葛葉君の知ってることしか答えられないんだよね」


 それなら、占いなんてせずに直接葛葉君に聞けばいいって言う微妙な能力。スズちゃんの捕まってる場所なんて、わかるわけない。


「ああ、そうだ。けど力の強い妖狐なら、本人の知らないことだってわかることもあるらしい。それなら俺だって、がんばればうまくいくかもしれない」

「そうだね。何もしないよりはいいかも」


 何より、このままじっとしてるのは嫌だった。

 お父さんからは何もするなって言われたけど、これくらいならいいよね。


 うちにある地図を持ってきてテーブルに広げると、葛葉君はそれに鳥居のマークを書いて、その上に自分の持ってた十円玉を置く。


「そういえば、コックリさんって、五十音を書いた紙を使うんじゃないの?」

「今回聞きたいのは場所だからな。どの街のどの番地か、なんて聞くより、地図の上を指した方がわかりやすいだろ」


 そういうものなんだ。

 少し変わってるけど、他は普通のコックリさんと一緒らしい。

 わたしが十円玉に指を置くと、葛葉君は集中するように目を閉じる。

 それからわたしが定番のセリフを言った。


「コックリさん、コックリさん、おいでください」


 するとその途端、葛葉君の体がうっすらと光って、みるみるうちに十円玉の中に吸い込まれる。

 何も知らない人が見たらびっくりするかもしれないけど、妖怪が何かに憑りつく時って、大抵こんな感じ。

 あとは、わたしが質問するだけだ。


「コックリさん、コックリさん、スズちゃんは今どこにいますか?」


 十円玉が、少しずつ動き出す。これで止まったところに、スズちゃんが捕まってるはず。

 十円玉を押さえる指にも力が入って、どこに向かうのか、じっと見る。

 だけど……


「こ、これってどういうこと?」


 動き出した十円玉は、ちっとも止まってはくれず、何度も地図の上をグルグルと回ってる。

 それがどれくらい続いただろう。動くスピードもだいぶ遅くなってきて、そろそろ止まるかもと思ったその時、十円玉の中から、弾かれたように葛葉君が飛び出してきた。


「ダメだ、わからない。やっぱり俺じゃ無理なのか」


 ダメだった。元々、うまくいかないかもって思ってはじめたことだけど、やっぱりガッカリした気持ちになる。


「俺にもっと力があれば、わかったかもしれないのに」


 葛葉君が悔しがるけど、力がないのはわたしも同じだ。


 さっき、お父さんに何もするなって言われたけど、お父さんや百鬼夜行の妖怪さんみたいにもっと力があれば、そんなこと言われなかったかもしれない。

 それ以前に、スズちゃんが拐われることもなかったかもしれない。


 わたし達じゃ、何もできないのかな?


「ねえ、コックリさんを成功させるために、わたしにできることってある?」


 せめて、これだけでもうまくいってほしかった。わたしにも、なにかできることがあってほしかった。


「これは俺が未熟なのが原因だから、修行して鍛えでもしないと、どうにもならないんだ」

「そっか……」


 なら、その修行につき合う? っていっても、そんなのパッとできるようになるもんじゃないよね。

 もっと一気に何とかなればいいんだけど、そんなうまい話あるわけない。


 そう思ったけど、その時、ふと思い出したしたことがあったの。


「ねえ。それって、百鬼夜行契約をしても無理?」

「なに?」


 とたんに葛葉君が目を丸くする。

 一人の妖怪が他の妖怪に妖気を与え、パワーアップさせるっていう、百鬼夜行契約。前に葛葉君は、そうすれば、コックリさんだだってもっと凄くなるって言ってた。

 そしてわたしと葛葉君なら、その百鬼夜行契約ができる。


「確かに、そうしたら何とかなるかもしれない。けど幸太郎さんが聞いたら、絶対にやめろって言われるだろうな」

「うん。そうだよね」


 お父さんは言ってた。

 百鬼夜行契約は、決して簡単にやっていいものじゃないって。わたしも葛葉君も、勝手に契約を結んじゃダメだって。


 心配しなくても、そんなことしないよ。そう、その時は思ってた。

 だけど今、その気持ちが揺らいでる。


「やっぱり、やめた方がいいって思う?」


 スズちゃんを助けるため、とにかく何かしたかった。それでお父さんに怒られたって、それでもやりたいって思った。

 けどそれは、怒られるのがわたし一人だったらの話。葛葉君を巻き込むなら、やめた方がいいのかも。


 葛葉君は悩んでいるのか、すぐには何も答えず、じっと黙ってる。

 それがどのくらい続いただろう。悩んで悩んで、その末に言う。


「俺は、幸太郎さんの百鬼夜行に入るって決めたんだ。後悔するようなことはしたくない」

「そう、だよね……」


 葛葉君は、お父さんの百鬼夜行に入るため、わざわざ親から離れてまでこっちに来たんだ。ここで勝手なことをしたら、それが叶わなくなるかもしれないんだよね。


 少しだけガッカリするけど、葛葉君を冷たいとは思わない。

 だけど……


「けどそれは、誰かを助けたいって思ったからだ。だから、俺は一条を助けたい」

「えっ……?」


 一瞬、聞き間違いじゃないかって思った。


「いいの? だって今、後悔はしたくないって──」

「だからだよ。今ここで何もしなかったら、絶対に後悔する。そんなのは嫌だ」

「葛葉君……」


 それを聞いて、初めて自分が泣きそうになってるのに気づく。協力できなくても仕方ない。いくらそう思っていても、そう思っていたからこそ、葛葉君の言葉が嬉しかった。

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