第15話 幸せな夢
まず、わたしはコソッと部屋の隅に隠れる。
スズちゃんがもう一度声をあげて体を起こしたのは、そのすぐ後だった。
「…………ここ、どこ?」
寝ぼけてて、わたしの部屋に泊まってることも思い出せてないみたい。これは、夢だと思わせるには都合がいいかも。
あとは、葛葉君がちゃんとスズちゃんのお父さんになりきれるかどうかだ。
「鈴音──」
スズちゃんのお父さんに化けた葛葉君が、名前を呼ぶ。スズちゃんがそれに気づいてそっちを向いて、とたんにハッと息を呑むのが分かった。
「お父さん、どうして? お仕事で帰ってこれなくなったんじゃ?」
「鈴音に会いたくて、急いで戻って来たんだよ」
「だって、当分は戻ってこれないって言ってたじゃない」
「仕事なら、大急ぎで終わらせてきたよ」
スズちゃんは戸惑ってるみたいだけど、まさか葛葉君がお父さんに化けてるなんて、思ってもみないだろうね。
ちなみに、葛葉君の耳には小さなイヤホンがついていて、わたしの持ってるスマホから、それに向かって指示を出している。
わたしがスズちゃんのお父さんっぽいセリフを考えて、葛葉君に伝えるんだ。
こんな時、スズちゃんのお父さんならなんて言うか。一生懸命、だけど素早く考える。
だけど、これも長くは続かないかも。元々ありえない状況なんだし、あんまり喋りすぎるとボロが出そう。
だからそうなる前に、用意しておいたもうひとつの仕掛けを使う。
「葛葉君、今だよ」
わたしの合図に、スズちゃんのお父さんに化けた葛葉君が、また姿を変えて、別の人になった。
するとそれ見たスズちゃんは、さっきまでよりももっとずっと信じられないように、大きく目を見開いく。
「お、お母さん──?」
葛葉君が化けたのは、スズちゃんのお母さん。
お父さんはともかく、亡くなったお母さんがいるなんて、どう考えてもおかしいよね。スズちゃんが驚くのも当然。
でもいいの。だって、これは全部夢なんだから。
「そ、そんなわけないよね。だってお母さんは、何年も前に……」
「ええ、そうね。おかしいわよね。けど、これは夢。スズにまた会いたくて、夢の中にお邪魔させてもらったわ」
「ゆ、夢? そっか、そうだよね。こんなこと、本当にあるわけないよね」
ありえないこと。だからこそ、スズちゃんも夢ってことで納得したみたい。
お父さんだけでなく、お母さんにも会わせてあげる。それを思いついたのは、全部夢ってことにしようと考えついた後だった。
夢の中なら、どんな無茶なだってできる。それなら、思いっきり楽しい夢を見せてあげたかった。
スズちゃん、喜んでくれるかな。
そう思った時、スズちゃんの目から、ポロリと涙がこぼれる。
もしかして、ビックリさせすぎちゃった?
いきなり泣き出すなんて思ってなかったから、やりすぎたかなって心配になる。
だけど次の瞬間、スズちゃんは涙を流しながら、葛葉君に、いやお母さんに抱きついた。
「ねえ、お母さん。夢なら、少しだけこうしていてもいい?」
しがみつきながら、甘えるように言う。
ずっと前から友達だったスズちゃん。けど、こんな姿初めて見た。
だってスズちゃんは、お母さんが亡くなってから、ずっといい子でいようとしてた。お父さんと会えなくて寂しかった時も、ワガママ言っちゃいけないって、いつもガマンしてた。
けど本当は、こうして甘えたかったんだと思う。
スズちゃんのお母さんに化けた葛葉君に目をやると、どうすればいいかわからず、困ってるみたい。だから、わたしがイヤホンを通じて指示を出す。
「スズちゃんの頭を撫でてあげて。それから、わたしが言う通りに喋ってくれる?」
スズちゃんに怪しまれるといけないから、当然葛葉君からの返事はない。だけど、ちゃんとわたしの言った通り、スズちゃんの頭を撫でてくれた。
さあ、次はセリフを伝えないと。
「寂しい思いをさせてごめんね。けど、鈴音のこと、ずっと見てたから」
それを聞いた葛葉君が話すけど、かなりヒヤヒヤする。
だって、わたしがスズちゃんのお母さんと会ったのは、もう何年も前。どんなふうに喋るかなんて、本当はわたしだってよくわからない。
だけど、もしお母さんがずっとスズちゃんを見てきたなら、きっとこんなことを言うはずだ。
「鈴音は、お父さんのために、いつもいい子でいようとしてくれたわね。それに、ピアノの練習も頑張ってる。お菓子作りだって挑戦した。学校では、友だちみんなに優しくて、周りの人を笑顔にさせてる。全部知ってるから。本当にすごいわ」
これは、わたしから見たスズちゃん。スズちゃんには、こんなにたくさんのいいところや、頑張ってるところがある。
スズちゃんのお母さんなら、それをほめないはずがない。
「お母さん……」
スズちゃんの目からまた涙がこぼれて、いっそう強く抱きつく。
そしてそんなスズちゃんの顔は、本当に本当に幸せそうだった。
そんな時間がほんの少し続いたあと、部屋に甘い香りが広がった。
するとスズちゃんはゆっくり目を閉じ、またスヤスヤと寝息を立てて眠りはじめる。
わたしが密かに焚いた、人間だけを眠らせるお香。その効果が出たんだ。
「これでもう、おしまいだね」
終わってしまえば、ほんの少しの短い時間だった。
葛葉君は、スズちゃんを布団の中に戻すと、化けるのをやめて元の姿に戻る。
「仕方ないな。今あったのは全部夢ってことにするからな。あんまり長いと、おかしいと思われるかもしれない」
「そうだよね……」
本物じゃなくても、せっかくお父さんやお母さんと会えたんだから、できればもう少し一緒にいさせてあげたかった。
けど、それは無理だってわかってる。
「俺たちは普通の人間にはない力を持ってるけど、何でもできるってわけじゃないからな。このくらいしかできないなら、やらない方がよかったか?」
「ううん。やってよかった。絶対、そう思う」
スズちゃんの笑顔を思い出す。
たとえ短い時間でも、全部夢ってことになっても、あんな風に笑顔にさせることができたんだ。絶対、よかったに決まってる。
「だよな。俺も、そう思う」
葛葉君がそう言ったところで、張り詰めてた緊張が一気に解けて、急に眠くなってきた。いつもならとっくに寝ている時間だから、無理もない。
葛葉君も同じみたいで、大きなあくびをすると、さっさと部屋に戻っていく。
わたしも、自分の布団に入っていった。
その隣では、スズちゃんが幸せそうに眠ってた。
今度の夢でも、お父さんお母さんに会っているのかな?
そんなことを考えながら、わたしも静かに眠りに落ちていった。
◇◆◇◆
次の日の朝。目を覚ますと、スズちゃんは先に起きていた。
「おはよう真弥ちゃん」
「おはよう。ちゃんと眠れた?」
スズちゃん、昨夜のことをどう思ってるかな?
すると、とたんに弾けるような笑顔が返ってきた。
「うん、とっても。それに、楽しい夢も見れたんだ」
「そうなんだ。ねえ、それってどんな夢?」
本当は、どんな夢かはわかっている。
それでも、確かめずにはいられない。
「ナイショ。だけど、とってもいい夢だったよ」
笑いながら、ちょっとだけ恥ずかしそうに言う。もしかしたら、泣いちゃったのを話すのが恥ずかしいのかもしれない。
けどそれで十分。いい夢だったって言ってくれて、楽しそうに笑ってる。それだけで、やってよかったと心から思った。
その時、そばにあったスズちゃんのスマホが鳴る。
スズちゃんが手に取って確認すると、どうやらメッセージが届いたみたい。
「お父さんからだ!」
スズちゃんのお父さんからのメッセージ。しかも、一つじゃなくてたくさん届いていた。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ覗き込んでみると、『帰れなくてごめん』とか、『一緒にごはんが食べたかった』とか、スズちゃんと会えないのをとても残念がっている。
そして最後のメッセージには、『いつでも電話して。どんな時でも必ず出るから』と書いてあった。
「お仕事が忙しいんだから、どんな時でもはまずいでしょ。もう、しょうがないな」
そう言いながらも、スズちゃんは嬉しそう。
「ねえ、今から電話してみたら。メッセージを送ってきたってことは、今ならきっと大丈夫だよ」
「そうかな?うん、そうする」
スズちゃんはちょっとだけ迷って、だけどすぐに頷くと、急々と電話をかけ始める。それを見て、わたしはそっと部屋から出ていく。せっかくお話しできるんだから、二人だけにしたほうがいいよね。
部屋を出ると、閉めたばかりのドアの向こうから、弾んだ声が聞こえてきた。
きっと、楽しくお話してるんだろうな。
そう思ってると、廊下の向こうから、葛葉君が歩いて来る。
「よう。一条の様子はどうだ」
「楽しい夢を見れたって言ってたよ。それに、さっきお父さんからメッセージが来て、今は電話で話してる」
「そっか。よかったな」
わたしがブイサインを出すと、葛葉君も笑ってそれに答えてくれた。
「葛葉君、ありがとね」
「なんだよ急に」
「だって、葛葉君がいなかったら、あんなのできなかったじゃない」
同じ妖怪でも、わたしじゃ化けるなんてできないよ。
妖怪の力をむやみに使う気なんてないけど、そもそもほとんどばか力しかない鬼じゃ、できることなんてあんまりないのかも。
けど、葛葉君は言う。
「俺だけでできたことでもないだろ。俺の作戦じゃ、すぐおかしいって気づかれた。夢ってことにするのも、一条の母さんを出すってアイディアも考えたのはお前だ」
そうなのかな。わたしも、スズちゃんを元気にさせるための力になれたのかな。
だったら嬉しいな。
部屋の中からは、今もスズちゃんの楽しそうな声が聞こえてきていた。
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