第14話 お父さんに会わせよう

 その夜、ふと目を覚ますと、隣でスズちゃんがスヤスヤと寝息をたてていた。

 ゲームではしゃぎすぎて疲れがたまったのか、ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。


 時計を見ると、午前0時。わたしももう一度寝ようと思ったけど、喉が乾いてたから、そっと部屋から抜け出して、台所に行って水を飲む。


 それからまた部屋に戻ろうとすると、廊下で小さな物音が聞こえる。見ると、葛葉君がトイレから出てきてた。


「葛葉君、こんな時間に起きてきたんだ」

「お前もな」


 葛葉君は、お父さんの部屋で寝てもらってる。


 最初、わたしとスズちゃんの隣に布団を並べようと思ったんだけど、葛葉君が断固別の部屋にするって言い張ったの。


「一条はどうしてる?」

「ぐっすり寝てる。ちょっと疲れたのかも」


 さっきゲームやってた時、一番はしゃいでたのがスズちゃんだった。普段はちょっぴり大人しめだから、そういうのは珍しい。


 それだけ楽しかったって思えたらいいけど、多分理由はそれだけじゃない。


「お父さんのこと、大丈夫そうか?」

「どうかな。平気だっては言ってるんだけどね」


 けど口じゃそう言っても、ずっと仲のよかったわたしには、やっぱりどこか無理してるってわかっちゃう。

 気になってるのは、葛葉君も同じみたい。


「俺、今は父さんや母さんとは離れてるけど、一条はもっと小さくころからなんだろ」

「うん。それでもお母さんの命日やその前には、毎年お父さんも帰ってきてたんだけど、それが無理だったから、余計に落ち込んでるんだと思う」

「そっか。少しの時間でも会えたらいいんだけどな」


 揃って悩むわたし達。けどこればっかりはどうしようもない。一緒に少しでも楽しいことして、気を紛らわせるしかないのかな。


 そんなふうに思ってる間、葛葉君はじっと黙ってる。かと思うと、今度は何か考え込むように、うーんうーんとうなってた。


「どうしたの?」

「ちょっと思ったんだ。一条の父さんが帰ってこれないなら、俺が一条の父さんに化けて、帰ってきたふりをすればいいんじゃないかってな」

「へっ?」


 葛葉君が、スズちゃんのお父さんに化ける?

 そ・れ・だ!


「そうだよ。そうすればスズちゃんをお父さんに会わせてあげられる!」

「バカ、大声だすな。一条に聞こえるだろ」


 わたしの口をふさぐ葛葉君。危ない危ない。

 それに提案はしたけど、葛葉君自身は乗り気じゃないみたいで、眉間に皺を寄せている。


「話は最後まで聞けよ。自分で言っといてなんだけど、この方法は無理がある。俺が一条の父さんに化けたとしても、その後一条が本物と話したらどうする」

「それは……」

「絶対変に思われるし、下手すると、俺が妖怪だってこともバレるかもしれない」

「そ、それはダメ!」


 せっかく会えたお父さんが偽物だったってわかったらショックだろうし、スズちゃんは昔わたしが怖い思いをさせたせいで、妖怪やオバケが大の苦手。葛葉君が妖怪だって知ったら、ひっくり返るかもしれない。

 そんなの絶対にダメ!


「だよな。この話は忘れてくれ」


 ため息をつく葛葉君。

 わたしも、話を聞いてるうちにだんだん無理かもって思ってきた。


 けど、本当に諦めていいのかな?

 確かにこの方法だと、難しいところがたくさんある。だけど、だからってすぐに諦めるのは、なんだかすごくもったいない気がした。


「ねえ、葛葉君。もう少しだけ、何とかできないか考えてみない? 今のままじゃ無理かもしれないけど、何か方法が思いつくかもしれないよ」


 スズちゃんを元気にしたい。けどこの作戦は葛葉君がいなきゃできないし、考えるなら一人より二人の方がずっといい。


 すると、さっきまで諦めモードだった葛葉君も、大きく頷く。


「そうだな。俺も、こんなんで終わっちゃスッキリしないし、もう少しだけ考えてみるか」


 やった!

 よーし。そうと決まれば、作戦会議開始だ。




 ◇◆◇◆




 部屋に戻ってこっそりドアを開くと、出ていった時と同じように、スズちゃんらスヤスヤと寝息をたててた。


「ちゃんと寝てるよ」


 小声で呟くと、隣にいた葛葉君が、同じく小声で返してきた。


「それじゃ、作戦開始だ。けど、その前に一応聞いておく。一条相手に妖怪の力使うことになるけど、本当にいいんだな」


 あれから葛葉君と一緒に考え、なんとか新しい作戦を立てることができた。

 けどどんなに作戦を練っても、もしも失敗したら、スズちゃんにわたし達が妖怪だってバレるかもしれない。

 そうでなくても、普段なら妖怪の力を使うなんて絶対にやらない。

 けど今回は、今回だけは、特別だ。


「うん。妖怪の力使って誰かに迷惑かけるのはダメだけど、これはスズちゃんを笑顔にするためだから。葛葉君こそいいの? こんなこと、お父さんが知ったら、怒られちゃうかもしれないよ」


 お父さんを尊敬してる葛葉君にとっては、わたし以上にまずいことになるかもしれない。

 それでも葛葉君は、二人で相談している間も、一度もやめるとは言わなかった。


「俺だって、無闇に力を使っちゃダメだって言われてる。だから、お前と一緒にたくさん考えたんだろ。妖怪だってバレないように、迷惑にならないように。それをしっかり守れば、きっと大丈夫だ。それじゃ、始めるぞ」


 葛葉君は真剣な顔になると、目を閉じて集中しはじめる。

 するとそのとたん、みるみるうに姿が変わっていく。


 背が伸び、顔つきが大人びていき、服も全然違うものになる。わたしが覚えてる、スズちゃんのお父さんそのものだ。


「どうだ。似てるか?」


 葛葉君は、スズちゃんのお父さんと会ったことがない。だから、わたしが前にスズちゃんのうちに行って会った時に一緒に撮った写真を見せて、どういう人かもよーく話をした。そこか、らイメージを膨らませて化けたんだ。


「大丈夫。そっくりだよ」

「よかった。けど、もしバレそうになったら、この作戦は即中止だ。そうでなくても、一条にはこれから起きることは、全部夢だって思わせる」

「わかってるよ。夢の中でなら、ありえないことが起きても大丈夫だからね」


 どんなにスズちゃんそっくりに化けたとしても、本当には帰ってこれないってわかってるから、絶対おかしいって思われちゃう。

 それじゃどうすればいいだろうって考えて、出した答えがこれだった。


 道場にある、妖怪の知識によって作られた道具や薬が入った戸棚。その中には、嗅いだ人間限定で、眠り薬のような効果がある、妖怪特性のお香っていうのがあった。

 作戦が全部終わった後、これを使って眠らせたら、次に目を覚ますのは朝。そうしたら、あれは全部夢だったんだって思うはず。


 全部夢ってことにしちゃうのは少し残念だけど、例え夢でも、スズちゃんに嬉しい思いをさせたい。


 するとその時、それまで寝ていたスズちゃんが、うーんと声をあげた。

 まずい! ここで色々話し込んでたの、ダメだったかも。


「どうしよう、スズちゃんがおきちゃう」

「くそっ。油断して喋りすぎた。しかたない、今から作戦開始だ」

「う、うん!」


 心の準備が全然できてないけど、こうなったらやるしかない!

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