スズちゃんを元気づけよう大作戦

第12話 急な用事

 朝起きて居間に行くと、葛葉君がごはんの準備を手伝ってた。


「おはよう葛葉君」

「よう。寝癖ついてるぞ」

「ほんと? まあ、あとで直せばいっか。それよりご飯食べよう」


 葛葉君の修行は毎日あるってわけじゃないけど、修行がある日は、その後うちで朝ごはんを食べる。そんな光景も、もうすっかり慣れちゃったよ。


「真弥も葛葉君を見習って、少しは早起きできるようになりなさい。それに葛葉君は、ご飯の用意まで手伝ってくれてるんだぞ」

「は、早起きはそのうちできるようになるし、ご飯の用意は今からやろうと思ってたの」


 うぅ……

 葛葉君がうちに来るようになってから、お父さんがこんなこと言うのも多くなったよ。

 葛葉君。お父さんの前では、礼儀正しい優等生なんだよね。


 朝ごはんが終わったら、パジャマから着替えて学校に行く。


 けど葛葉君が隣にいると、どうも周りから注目されるんだよね。


「今日も視線を感じるよ」

「俺が転校生ってことで目立つんだろうな」


 葛葉君は気にしてないみたいだけど、大事なところがわかってないよ。葛葉君が注目されてるのは、転校生ってこと以上に、イケメンでスポーツ万能だからだよ。


 おかげで、女子からは密かに人気あるの。


 そんな葛葉君としょっちゅう一緒に登校してるから、わたしまで目立っちゃうんだよね。

 特に女子はこういうのに敏感だから、仲がいいのかって聞かれることが時々あるんだよ。

 お父さんが妖怪としての修行をつけてるなんて言えないから、困っちゃうよ。


「おはよう二人とも。今日も一緒に来たんだ。仲いいね」

「あっ、スズちゃん」


 振り向くと、そこにいたのはスズちゃん。わたし達を交互に見て、なんだか面白そうに笑ってる。

 思ったそばから、仲がいいって言われちゃったよ。


「スズちゃん。面白そうにしてるところ悪いけど、別に何もないからね」

「わかってるって。けど、少女マンガ好きとしては、妄想すると楽しいなって思っただけだよ」

「スズちゃ〜ん!」


 スズちゃんと葛葉君もけっこう話をするようになったけど、少女マンガ好きのスズちゃんは、そんな妄想をるのが大好き。

 もちろん冗談で言ってるんだろうけど、なんだか恥ずかしいよ〜


「って言うか、葛葉君はどっちかって言うと、わたしよりお父さんの方が仲いいよ。でしょ、葛葉君」

「うん? まあ、そうかもな」


 葛葉君は、どういうことかピンときてないみたいだけど、まあいいか。


「真弥ちゃんのお父さんなら、わたしも好きだな。優しいし、時々遊びに連れて行ってくれるし、ステキじゃない」

「えぇ〜っ。そう?」


 葛葉君といいスズちゃんといい、うちのお父さん、なぜか人気あるんだよね。


 そういえば。

 お父さんの話になって、ひとつ思い出す。


「ねえ。スズちゃんのお父さんが帰ってくるのって、もうすぐだっけ?」

「うん。今日だよ」


 やっぱり。

 前から、お父さんが帰ってくるのを楽しみにしてたスズちゃん。お父さんに聞かせるためにピアノも頑張ってたし、すっごく嬉しそう。


 だけど、まさかあんなことになるなんて、思ってもみなかった。




 ◆◇◆◇




 放課後になって、スズちゃんと一緒に帰ろうとすると、校門にスズちゃんのうちの車が止まってた。中から、お手伝いの坪内さんが出てくる。


 今日はピアノ教室はないけど、お父さんが帰ってくるから、迎えに来たのかな?


 けど、坪内さんはなんだか浮かない顔をしていた。

 スズちゃんもそれに気づいたみたいで、どうしたのと、不安そうに聞く。


「申し訳ありません。実はお父様が、急な用事で、帰って来れなくなってしまいました」

「えっ────?」


 とたんに、スズちゃんの表情が固くなる。

 驚いたのは、わたしだってそう。だって、ずっと前から今日帰ってくるって言ってたんでしょ。だからスズちゃん、ずっと楽しみにしてたんだよ。

 なのに、なんで?


「それじゃ、明日は帰ってきますか?」

「それが、いつ用事が終わるかわからなくて、当分は戻ってこれないかもしれないとのことでした」


 そんな。

 スズちゃんのお父さんが帰ってくるのは、お母さんの命日にお墓参りに行くから。どんなに忙しくても、毎年それだけは欠かしたことがないって言ってた。

 けど当分帰ってこれないなら、それもできなくなっちゃうの?


 坪内さんも、本当はこんなこと言いたくないんだと思う。スズちゃんに話しながら、すっごく申し訳なさそうな顔をしてる。

 わたしも、自分のことじゃないのに、悲しい気持ちになってくる。


 けど、一番悲しいのはスズちゃんだよね。

 泣きだしたらどうしよう。スズちゃんを見るけど、スズちゃんはうつむきながら黙ったまま。


 それが、どれくらい続いたかな。

 うつむいた顔をゆっくり上げて、それから軽く軽く笑顔を見せる。


「そっか。お父さん忙しいし、お仕事なら仕方ないよね」

「スズちゃん……」


 笑ってるけど、本当は全然平気じゃないよね。

 けど、そんなこと言えない。言ったら、せっかく悲しいのを我慢してるのが、全部ムダになっちゃうから。


 それでも、笑顔なのに寂しそうなスズちゃんを見ると、苦しくて胸がキュッと痛くなった。

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