第10話 百鬼夜行に入りたい理由
「百鬼夜行の長ってなにさ。おかげで変なことになっちゃったじゃない!」
揃って家に帰る途中、葛葉君に文句を言う。
結局あの後天邪鬼は、わたしを姐さんと呼ぶか大将と呼ぶかなんて悩んだあと、また今度考えるって言って、体育倉庫から出ていった。
「大したことないだろ。だいたい、百鬼夜行を継ぐって聞いたのは本当だぞ。幸太郎さんが勝手に言ってただけだったけどな」
「それってズルくない?」
「ああ。だからあの時最初に言っただろ。ちょっとズルい手を使うって」
うーん、確かに。なんだか複雑だけど、おかげで天邪鬼を反省させるられたんだから、まあいいか。
だけど、これだけはハッキリ言っておかないと。
「言っとくけど、わたしは百鬼夜行を継ぐ気なんてないからね」
「それはよーく知ってる。最初それを聞いた時は、なんだコイツはって思ったけどな」
「もう。そんなのわたしの勝手でしょ」
初めて会った時は、妖怪の誇りがどうだこうだ言われて怒られたっけ。
けど今の葛葉君は、その時みたいに本気で怒ってるようには見えなかった。
「ねえ。葛葉君こそ、どうしてそんなにお父さんの百鬼夜行に入ろうとしてるの?」
実はずっと気になってたんだよね。だって、そのためにわざわざ引っ越してきたんだよ。よっぽどの理由でもあるのかな?
「そうだな。その前に聞きたいんだけど、お前は今の妖怪事情についてどれだけ知ってる?」
「えっ?」
わたしが質問したのに、逆に聞き返されちゃったけど、そんなのわかんないよ。
「やっぱり何も知らないんだな」
「だって……」
「まあいいや。今までのお前見てるとだいたい想像ついたし、俺だって似たようなものだったからな」
てっきり呆れられるって思ったけど、そうでもなくて、葛葉君はゆっくりと話を続ける。
「俺、妖狐だって言ったけど、人間の血も混じってるんだ。って言うか、妖狐なのは俺の爺ちゃんだから、どっちかっていうと人間の血の方が多い。爺ちゃんの子どもの父さんは、妖狐の血を引いてるけど、術はほとんど使えなかったんだ。俺には術の才能はあったけど、爺ちゃんとは離れて暮らしてたから、ちゃんと習ったこともなかった」
「えっ、そうなの!?」
妖怪の誇りがどうこうって言ってたから、てっきり、小さいころからすっごく鍛えてたのかなって思ってた。
「けど、別にそれでもよかったんだ。俺も普段は普通の人間として暮らしてたから、術を使えなくても問題なかった。むしろ妖怪だってことがバレたら大変だから、人前では絶対に使うなって言われてた」
「あっ。わたしも同じだ」
わたしも小さい頃からお父さんから何度も言われたけど、どこもそんなものなんだね。
「今ほとんどの妖怪は、妖怪であることを隠してて生きてる。下手に力を使って、人間とトラブルになったらいけないからな。それに人間にだって、妖怪がうまく生きられるよう、協力してくれる人や組織があるらしい」
「そうなの!?」
「ああ。組織のことは俺もよく知らないんだけどな。有名な企業や政治家が協力して、妖怪が起こした騒ぎを隠したり、平和に生きられるように手を貸したりしてるんだってさ。俺が一人でこっちに引っ越してこれたのも、その人たちが色々手を回してくれたんだって」
「そうなんだ」
そんな組織があるなんて、ちっとも知らなかったよ。
妖怪の存在が世間にバレてないのは、その人達が力を貸してくれてるからなんだね。
「人間も妖怪も、一緒に暮らせるように協力し合ってる奴は多い。けどな……」
そこまで言ったところで、葛葉君の様子が明らかに変わった。目がスっと細くなって、声の調子が少し落ちる。
「中にはそう思わない奴もいるんだ。妖怪は妖怪だけで生き、人間と仲良くしたりするなんてとんでもないって思う奴がな」
「それって、さっきの天邪鬼みたいなの?」
「あんな小物じゃねえよ。もっとハッキリ人間を憎んでて、凄いのになると、人間なんて滅べばいいって思ってる」
「滅ぶ!?」
あんまりな言葉に、丸くする。確かにそれは、さっきの天邪鬼とはまるで話が違うかも。
「なんで? みんなで仲良くできたら、それが一番いいじゃない」
「俺だってわかんねーよ。ただ、妖怪と人間って、昔は争ってたらしいからな。昔話とかでもよくあるだろ」
「そりゃそうだけど……」
桃太郎みたいに鬼が退治されたなんて昔話や、マンガとかでも、人間と妖怪が戦うってのはたくさんあるよ。
けど本当にそんな奴がいるなんて、なんだか信じられないよ。
「とにかく、そういう妖怪も中にはいるって話。俺と同じ妖狐族の中にも、そういう、人間を嫌う奴がいたんだ。そいつにとっては人間と妖怪で仲良くなんて言ってる奴らは邪魔でさ、さっき言った組織のメンバーの命を狙ったらしい。強い妖怪が本気で力を使ったらどんなに危険か、わかるよな」
「うん……」
わたしだって、本気の力を出せば、大の大人にだって負けやしない。
それが強い妖怪なら、もっとずっと大変なことになりそう。
「組織のメンバーの命を狙ったその妖狐は、失敗して追われる身になった。けど、妖狐は色んなものに化けて、自由に姿を変えることができるだろ。捕まえるのは簡単じゃない」
「だよね。どんな名探偵でも難しそう」
どれだけ探しても、まるっきり別人になれるんだから、簡単に見つかるわけがない。完全犯罪だってできるかも。
「組織の人たちも必死に捜査して、犯人は妖狐族ってことまではわかったんだ。けど、その中の誰かまで絞り込むのは難しくて、行き詰まりかけた。そこで一度、妖狐族を片っ端から捕まえて、徹底的に調べようってことになったんだ。その中には、俺もいた」
「葛葉君も? だって、まだ子どもじゃない」
「その気になれば何にだって化けることができるし、同じ妖狐なら繋がりがあるかもしれない。そう考えた人がいたんだってさ。俺の家に知らない大人たちが何人も来て、問答無用で連れていかれそうになった」
葛葉君は普通に話してるけど、それってすごく大変なことなんじゃないの? だって、いきなり知らない人たちに捕まるんだよ。
「怖くなかった?」
「平気だ。って、言えたらよかったんだけどな。実は、けっこう怖かった。父さんは妖狐の力は使えないから、家族で連れていかれるの俺だけだって言うし、不安だった。情けない話だけどな」
「そんなことないって。そんな目にあったら、きっと誰だって怖いよ」
いきなりそんな目にあったら、わたしもすっごく怖いと思う。
「それでな、連れていかれるのが嫌で、思わず力を使ったんだ。普段は使うなって言われてた妖狐の力を」
「妖狐の力って、色んなものに化けたの?」
「いや、それとは別の力」
葛葉君はそこまで話したところで、右手をわたしの方に突き出して、人差し指を立てる。するとその先に、小さな火の玉が現れた。
「狐火って言って、自由に火を出すことのできるす術だ。凄く危ないから、特に使っちゃダメだって言われてたけど、あの時は怖くてそんなこと考えられなかった。手加減なしで、全力で出した」
「そ、そんなことして、大丈夫だったの?」
「大丈夫なわけないだろ。俺を連れていこうとした人たちはちゃんと用心していたから、ケガするようなことはなかった。けど、狐火が家の中のものに燃え移って、このまま火事になるんじゃないかって思った」
「そんな……」
突き出したままの葛葉君の手が、微かに震えてるのに気づく。
さっき葛葉君は、怖かったって言ってたけど、もしかすると、今のそのショックは残ってるのかも。
「ご、ごめん! 嫌なら、無理に話さなくてもいいから!」
悪いことをした気がして、胸がズキンとする。どうしよう。こんなこと、軽々しく聞いちゃダメだったかも。
葛葉君の手の震えをなんとかして止めたくて、私の手で、ギュッと包み込むように握る。
そのとたん、葛葉君はビックリしたように目を丸くする。
「なっ!?」
声を上げたと思ったら、手の震えがピタリと止まる。
上手くいったかな?
と思ったら、顔を赤くして怒鳴られた。
「お、お前な。いきなり手を握ることないだろ!」
「えっ。ごめん、嫌だった?」
「べ、別に。ただ、わざわざなぐさめてもらうようなことでもないってだけだ。もう昔の話だし、いつまでも怖がってるわけにもいかないだろ」
顔を赤くしたまま、そっぽを向く葛葉すん。余計なお世話だったかな?
と思ったら、ボソッと呟く。
「ま、まあ、心配してくれたのはありがとな」
よかった。どうやら嫌ってわけじゃないみたい。
「それより、話の続きは聞かなくていいのか? まだ、どうして俺が百鬼夜行に入りたいのか言ってないぞ」
「えっと、聞いてもいい?」
話すのが嫌なら、無理に聞こうとは思わない。けど気にならないかって聞かれたら、やっぱり気になる。
「ああ、教えてやるよ。幸太郎さんが、お前のお父さんが、どれだけ尊敬できる人なのかを含めてな」
そうそう。葛葉君って、うちのお父さんにすっごく憧れてるみたいなんだよね。
いったい、どうしてそんなことになったんだろう。
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