妖狐が学校にやって来た
第6話 百鬼夜行の長の資格
次の日、たまたまちょっとだけ早く目が覚める。
もう一度寝ようかとも思ったんだけど、昨日みたいに寝坊するのも嫌だから、そのまま起きることにしたの。
いつもなら、居間か台所にお父さんがいるんだけど、今日はいない。
ならばと道場に行ってみたら、思った通り、そこにはお父さんと、そして葛葉君の姿があった。
葛葉君は、昨日あれからしばらく百鬼夜行の妖怪さんたちに修行をつけてもらってたらしいけど、今日もこんな朝早くから来てるんだ。
今日は百鬼夜行の妖怪さんたちはいなくて、お父さんと二人きり。
葛葉君は昨日もわたしのそっくりに化けみたいに、化けるのが得意みたい。今もお父さんの前で、色んな人の姿に化けていた。
2メートルくらいある大男に、わたしたちより小さな子ども、女の子にだってなってるの。
「おや。真弥、起きたのか。どうだ。葛葉君の化けっぷり、凄いだろ」
お父さんがわたしに気づく。確かに、こんなに色んな姿になれるなんてすごいかも。
けど、それも長くは続かなかった。色々化けているうちに、葛葉君はだんだんと息を切らしていって、あっという間に元の男の子の姿に戻っちゃった。
「なるほど。一度にたくさんのものに化けると、それだけ力を使ってしまうのか」
「すみません。もっと鍛えて、たくさん化けても大丈夫なようになります」
どうやら、いくらでも化けれるってわけじゃないみたい。
「鍛えるのはいいけど、決して無理しちゃいけないよ。焦って体を壊したら、そっちの方が大変だからね」
「はい」
昨日、わたしを思いっきりにらんでた葛葉君だけど、お父さん相手には素直なんだよね。
一方、わたしとは未だに微妙な距離感。お父さんは仲良くなってほしいって言ってたけど、だからって急に今から仲良しってはなれないもんね。
それはそうと、お父さんも教える相手ができて嬉しそう。
「ねえ。思ったんだけど、お父さんの百鬼夜行って、葛葉君が継げばいいんじゃないの」
わたしと違ってやる気もあるし、わたしのかわりに継いでくれたら、みんなにとっていいことじゃん?
我ながら名案って思ったんだけど、葛葉君が即座に言う。
「なに言ってるんだ。百鬼夜行の長になれるのは、お前や幸太郎さんみたいな鬼族か、他の一部の妖怪だけだろ」
「えっ、そうなの?」
「知らないのかよ」
呆れた顔をする葛葉君。なんだかいちいち言い方が腹立つんだけど!
だいたい、わたしは百鬼夜行なんて興味ないんだし、知らなくても仕方ないじゃない。
ムスッとしながらにらみ合うけど、そこでお父さんがまあまあとわたし達をなだめた。
「そうだな。いい機会だし、百鬼夜行がなんなのか、真弥にもちゃんと説明しておいた方がいいかもな」
うーん、わたしは興味ないんだけどね。けど、話を聞くくらいならいっか。
「まず百鬼夜行っていうのは、お父さんの以外にもいくつかある。けどそのどれも、ただ妖怪が集まってるってわけじゃない。長である妖怪とそれ以外とで、百鬼夜行契約っていうのを結ばなきゃいけない」
「なにそれ?」
聞き慣れない言葉に、首を傾げる。
「百鬼夜行契約ってのは、要は主従関係を結ぶ契約だな。長となる妖怪が、他の妖怪たちに力を、妖気を与えることになる。そして妖気を受け取った他の妖怪たちは、それを使って妖怪としての力をパワーアップさせることができるんだ。そのかわり、百鬼夜行に入って、相手の言うことを聞かなくてはならないここまではわかるかな?」
するとお父さん。そこまで話すと、道場の端っこにある戸棚の方に向かっていった。
たしかあそこには、妖怪の知識によって作られた、特別な道具や薬が入ってるんだよね。
お父さんはそこから一本の巻物を持ってきて、わたしたちの目の前で広げる。
そこには見たことのない文字が、大小様々に入り組みながら、模様のように書いてあった。
「これが、百鬼夜行契約に使う巻物だ。これに二人で手をかざして妖気を込めると、百鬼夜行契約は完了する。けど、この巻物を使える妖怪は、ほんのひと握りしかいないんだ。それが、僕や真弥みたいな鬼の一族なんだよ。百鬼夜行に鬼って文字が入ってるのもそのためだ」
百鬼夜行ってそういうものだったんだ。葛葉君が百鬼夜行の長になれないのは、この契約の巻物を使うことができないからなんだね。
「お前、本当に何も知らないんだな」
だから、どうしてそういちいち突っかかってくるの! 興味ないんだから、仕方ないじゃない!
だけどそんなわたしとは違って、葛葉君は契約の巻物を見ながら、目をキラキラと輝かせていた。
「俺もいずれ契約をして、百鬼夜行に入れてもらうんだ。そうしたら、もっと色々なものに化けられるだろうし、他の能力だって強くできる」
元々百鬼夜行に入りたくてわざわざ引っ越してきたんだし、葛葉君にとっては憧れなんだろうな。
「ねえ。他の能力って言ってたけど、葛葉君って、化ける以外にも何かできるの?」
「ああ。妖狐は妖怪の中でも最も多芸と言われているからな。色んな妖術が使えるんだ」
わたしの場合、特別な力っていったら、百鬼夜行契約なんてのを別にしたら、ばか力や走るのが早いっていうのばっかり。
さっきの化けるのだけでも十分凄いのに、まだ他にも何かあるんだ。
「そうだな。例えば、狐火っていう、火を出す術を使うことができる。あと、コックリさんって知ってるか?」
「えっと、紙と十円玉を使う、占いみたいなのだよね」
紙に『あ』から『ん』までの字を書いて、その上に十円玉を置く。その十円玉を指で押えながら質問すると、十円玉が文字を指していって、質問に答えてくれる。それが、コックリさんだ。
「ああ。コックリさんってのは、漢字で書くと、『狐』と『狗』と『狸』を合わせて、『狐狗狸』って書く。これは、狐なんかの動物の霊や妖怪が十円玉に取り憑くことからきてるんだ。で、妖狐の俺も十円玉に取り付いて、十円玉を動かすことができる」
「えっ、凄い! じゃあ、宿題の答えや、クラスの誰が誰を好きかってのもわかるんだ」
「ただし、俺の知らないことは答えられない」
「えっ。それってなんか微妙……」
それなら、直接本人に聞いた方が早いじゃない。
「わかってるよ。けどこれだって、修行を積めば鍛えることができるんだ。勘が良くなって、知らないことでもなんとなくわかるようになるらしい。あと、さっき言ってた百鬼夜行契約をやってもできるようになると思う」
「そうなんだ。百鬼夜行契約って凄いんだね」
他の妖怪さん達をそれだけ強くできるんなら、率いる立場になるのもわかるかも。
巻物を見るけど、ちょうどそのタイミングで、お父さんがそれを片付けはじめた。
「百鬼夜行契約は確かに強い力を与えられるけど、それ故に、簡単にやっていいものじゃないからね。だから葛葉君も、本当にやるべきかどうかよく考えてほしくて、契約するのはまだ後にしようって言ってるんだ。真弥も、勝手に葛葉君や他の妖怪たちと契約を結んだらダメだよ」
「言われなくてもやらないよ」
凄いなとは思ったけど、わたしがやるかどうかはまったく別の話。そんなこと絶対にしないって。
「さて。それはそうと、そろそろ朝ごはんにしようか。あまり遅くなると、学校に遅刻するかもしれないからね」
「そういえばそうだね」
時計を見ると、いつも朝ごはんを食べてるくらいの時間だ。これ以上遅れたら、昨日みたいに大慌てで学校に行くことになっちゃうよ。
というわけで、早速朝ごはんの準備開始。そこで、お父さんがさらに言う。
「それと真弥。今日から葛葉君も学校に行くから、案内してあげなさい」
「へっ?」
そこで気づく。道場の隅には葛葉君が持ってきたっぽい荷物が置いてあったけど、その中に、うちの学校の鞄があることに。
「葛葉君、うちの学校に来るの?」
「そうだけど、言ってなかったか?」
「言ってないよ!」
けど考えてみたら、うちの近所に引っ越してきたんだから、同じ学校に通うのは当たり前か。
「学校では、百鬼夜行の話とかしないでよね」
「しねーよ。俺達が妖怪ってのは秘密だってことくらい、わかってるに決まってるだろ」
よかった。もしうっかり喋っちゃったりしたら、わたしまで大変なことになっちゃうからね。
それにしても、同じ学校か。もしかしたら、わたしと同じクラスに入ってくる、なんてこともあるかも。
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