第4話 謎のイケメン少年現る?

 その日の放課後。わたしはスズちゃんと一緒に教室を出る。

 って言っても、一緒なのは途中まで。これからスズちゃんは、ピアノ教室に行かなきゃいけないの。

 スズちゃんはコンクールで入賞するくらいピアノがうまいんだけど、その分練習も欠かせない。


「たくさん練習しててすごいね」

「好きだからやってるだけだよ。それにもうすぐお父さんが帰ってくるんだけど、わたしのピアノ聞きたいって言ってくれたんだ」


 楽しそうに言うスズちゃん。

 スズちゃんのお父さんは普段家にいないことが多いけど、毎年この今の時期には、必ず帰ってくるの。

 その理由は、スズちゃんのお母さんの命日が近いから。親子揃ってお墓参りに行ってるんだって。


 校門に近づくと、側にとまってた車から、一人の女の人が降りてきた。


「鈴音お嬢様、お迎えにあがりました」

「ありがとう坪内さん」


 この人は、スズちゃんの家で働いているお手伝いさん、坪内さん。ピアノ教室は少し遠い場所にあるから、それがある日はこうして迎えに来るんだ。


「移動中、大江さんのおうちの近くを通りますが、そこまで乗っていかれますか?」

「お願いします」


 坪内さんとは、スズちゃんのうちに遊びに行った時に何度も会ってるから、私ともすっかり顔見知り。時々、こんな風に車に乗せてもらうこともあるんだよ。


 車の中でスズちゃんとお喋りしてると、すぐにうちに到着する。


「それじゃ真弥ちゃん、また明日ね」

「うん。ピアノの練習頑張ってね」


 こうしてスズちゃんは、わたしと別れてピアノ教室に向かっていった。

 練習は大変そうだけど、それだけ頑張れることがあるってのは、少し羨ましい。


 そう思いながら玄関の扉に手をかけると、鍵が空いていた。


 あれ?


 お父さんのお仕事は時間が決まってなくて、昼間も家にいることだってある。

 でも今日は大事な用があるって言ってたから、てっきりまだ家には帰ってないと思ってたのに。


「お父さーん。ただいまー」


 居間に行くけど、お父さんの姿はない。お父さんの部屋ものぞいてみたけど、そこにもいない。


「なら、あそこかな?」


 実はわたしの家には、母屋の隣に離れの部屋がある。中が道場になってて、そこで百鬼夜行のみんなと妖怪としての修行を積んでるんだって。


 だけど、離れの部屋の戸を開いた時、わたしは凍りついた。


「えっ────?」


 道場の戸を開くと、そこにはわたしが立っていたの。


 いや、何言ってるのかわかんないよね。

 けど、本当にそうとしか言いようがないの。まるで鏡を見てるみたいに、わたしそっくりな女の子が、そこに立っていたの。

 どういうこと? わたしに双子の姉妹なんていないよね?


「あ……あなた、だれ?」


 ビックリ仰天しながら尋ねると、わたしそっくりなその子は、クスリと笑う。

 次の瞬間、ポンと音がしたかと思うと、女の子の周りに煙が立ち込める。そして煙が晴れた時、そこにいたのは一人の男の子だった。

 わたしそっくりな女の子が、男の子に変身した!?


「なに? 誰? どういうこと?」


 わけがわからずパニックになる。

 すると、そこでようやく男の子が口を開く。


「驚かして悪かった。けど、俺のことを知ってもらうには、こうした方が早いと思ったんだ」


 えっと……つまり、どういうこと?


 改めて男の子を見ると、歳は多分わたしと同じくらい。背は向こうの方がちょっとだけ高め。きれいな顔をしてて、かなりのイケメンだ。少女マンガに出てくる男の子みたいで、ちょっとドキッとする。


 そして気づく。よくよく見ると、その男の子の後ろから、シッポが生えていることに。


「えっ?」


 太くてふんわりとしたシッポ。もちろん、人間にそんなもの生えてるわけがない。

 つまり……


「君、妖怪なの?」

「ああ。妖狐っていうんだけど、知ってるか?」


 確か狐の妖怪だよね。言われてみれば、シッポの形は犬でも猫でもなく、狐っぽいかも。

 そして狐って言ったら、化けるのが得意ってイメージがある。


「じゃあ、わたしそっくりだったのは、化けてたってこと? なんで?」

「さっきも言ったように俺のことを知ってほしいと思ったから。未来の百鬼夜行の長である君にね」

「えっ……?」


 そこまで話したところで、その子は突然頭を下げて、言う。


「俺の名前は葛葉信彦。まだ妖術は未熟だけど、将来は百鬼夜行に入りたい。ぜひ君の百鬼夜行に入れてくれ!」


 ……………………な、なにこれ?

 男の子、葛葉君が真剣な顔で何か言ってるけど、何が何だかさっぱりわからない。ただ、ひとつだけ言えることがある。


「えっと……未来の百鬼夜行の長とか、君の百鬼夜行とか言ってるけど、それってわたしのことだよね。わたし、百鬼夜行を率いる気なんてないから」

「はっ?」


 どういう勘違いをしてるか知らないけど、わたしは百鬼夜行を率いる気なんて、これっぽっちもないの。


 そんなわたしの言葉に、彼は目を丸くする。


「け、けど、君のお父さん、幸太郎さんは百鬼夜行の長だろ。君が継がなかったら、百鬼夜行はなくなるんだぞ。それでもいいのか?」

「別にいいけど。だいたい、今は妖怪の数もかなり減ってきてるんでしょ。お父さんの百鬼夜行だって、わたしが大人になる頃にはなくなってるかもよ」

「なぁっ!?!?」


 声をあげる葛葉君。

 だけどそれから、丸くなってた目が、だんだんとつり上がっていくのがわかった。それに、シッポの毛がボワッと逆立って、ピンとまっすぐになる。

 もしかして、怒ってる?


 嫌な予感がしたけど、遅かった。


「ふざけるな! 百鬼夜行がなくなってたまるか! お前それでも妖怪か。もっと妖怪としての誇りを持て!」

「ふぇぇ〜っ!」


 顔がきれいな分、怒ると迫力がある。

 それに、わたしのことを君って呼んでたのがお前になってるし、さっきまでとはまるで別人だ。


 その迫力に、思わず圧倒されそうになる。けど、けどね──


「そ……」

「そ?」

「そんなの知らないよーっ!」


 負けるもんかと、こっちも声をあげる。わたしにだって、言われっぱなししゃ終わらないんだからね。


「百鬼夜行がなくなるかはわからないけどさ、妖怪の誇りってなにさ。わたしは人間として生きるんだから、そんなのなくてもいいもん!」


 妖怪だってバレることなく、人間として生きていく。それには、妖怪の誇りなんて持ってても仕方ないもん。


「そんなこと言っても、お前は妖怪だろ!」

「妖怪ってことを隠せば、人間として生きられるでしょ」

「ずっと自分を隠しておくつもりか?」

「そうだよ。誇りを持てとか、どうしてそんなこと言われなきゃならないの? そもそも君は誰なのさ!?」


 お互い頭に血が上ってギャーギャー言い合うけど、まずこの子が誰なのか、まだ全然わかってない。


 すると道場の入口の方から、別の声が割って入ってきた。


「おお、真弥。帰ってきてたのか。葛葉君には、もう挨拶したみたいだな」


 声の主はお父さん。それに、百鬼夜行の妖怪さんたちも一緒だった。


 お父さんも葛葉君のこと知ってるみたいだけど、どういうこと?

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