第5話:名誉の闘い

 私は、公の場で初めて背中を伸ばしました。

 半ば折っていた膝を真直ぐに伸ばしました。


 突き出していた顔を直し、顎を引き身構えました。

 父上よりは低いですが、二メートルを超える大兵です。


 いえ、正確に話しましょう、二メートル三十センチ前後の身長があります。

 どれほどダイエットしても痩せられなかった太い骨格です。

 それほど鍛えてはいませんが、みとちりと筋肉が付いています。


 礼儀作法やダンスの練習をするだけで筋肉が付いてしまいました。

 まして厳しい戦闘訓練を受ければ、当然のように父上のような筋肉が付いてしまいます。


 私はいつの間にか王太子の前にいました。

 怒りに我を忘れて、無意識に近づいていたようです。

 王太子の眼が恐怖で見開かれています。


 何か異臭がします、王太子のズボンの前がグッショリと濡れています。

 急に大きくなった私に恐怖したのかもしれません。


 決闘を申し込んだのは私です、私が手を下さないといけません。

 父に任せる訳にはいきません。

 ですが、私は人を殺したことはないのです。


 こんな時代ですから、護身のための戦闘訓練は受けています。

 ですが父上や一族家臣が勇戦活躍してくれてきましたので、女子供が戦う事はありませんでした。

 

 私が逡巡している間に、王太子が後退って逃げようとしました!

 慌てて手を伸ばして止めようとしました。


 王太子は小男です、私のへその当たりに頭があります。

 手が届くのは頭だけ、思わず力一杯頭を掴んでしまいました。


「キャァァァアァ!」


 掴んだ私が悲鳴をあげてしまいました。

 王太子の頭が、あまりにも簡単に潰れてしまったのです。


 私の手の中には、脳漿が噴き出した頭の残骸が残っています。

 あまりの惨劇に気が遠くなってしまいました。


「天晴です、ソフィー嬢!

 残りの決闘相手を斃せばソフィー嬢の名誉は守られますよ!」


 クライン侯爵家の騎士たちが私を励ましてくれます。

 でも、もう人を殺すのは嫌なのです。


 手に残る王太子の頭を潰した感触が私を苦しめます。

 嘔吐しそうなのを堪えるだけで必死です。


「ヒィィィィ、化け物だ、本当の化け物だ!」


 シュナイダー侯爵がまた私の事を罵っています。

 でも、あまりの恐怖に腰が抜けてしまっています。

 尻餅をついた姿勢で両手を使い、必死で後退っています。


 床に異臭を放つ糞尿の跡が残っています。

 貴族家の当主とは思えない情けない姿です。

 先程の大言壮語はどこに行ったのでしょうか?


「いや、待っていただこう、私にも名誉を回復させる機会を頂きたい。

 先ほどは決闘の申し込みを断られたが、断固として申し込む。

 反対の方はおられるかな、おられるならその方から決闘を申しこむが?!

 おられないな、だったら決闘は成立したのですな!」


 私が辛いのを察してくれたのでしょう、父上が助け舟を出して下さいました。

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