第18話 2日目
行軍2日目の朝。
空が鈍色の雲に覆われているせいか、気分までもどんよりと重い。
日が当たらないせいで、肌を撫でるそよ風がしみるように冷たく感じる。
だがそんな天候が些細な事に思えるほど、この場にいる皆には余裕がなかった。
「間違いない情報なのか?街が燃えていたと言うのは」
俺の左で神妙な顔をして話すのはルーク。
そこからさらに左にアン、リーちゃん、ミラという順で円になって話をしていた。
他の兵士は出発の準備に忙しく、こちらを気にする余裕はない。
あまり聴かれたくない話だから都合がいい状況と言える。
他のルートを進んだ仲間が死んだかもしれない、などと知れれば士気が下がってしまうからだ。
ただでさえ昨日の襲撃で戦力が低下しているのだから、これ以上の損耗は、たとえ精神的なものだとしても避けたかった。
だがこの円の中に、青い顔をしている奴が1人。
「そ、そんな……」
力なく呟き、両手で顔を覆ったのはアン。
分かってはいたが、やはり他人への思いやりが強すぎる。
人の命が鴻毛より軽いこの場にいるのはキツいだろう。
まぁ、連れてきた俺が言うのも変な話なんだが。
「大丈夫ですよアン。もし襲撃を受けていれば伝令兵が伝えに来るはず。それが未だ来ていない。そうですねルーク」
流石はリーちゃん。アンの様子を気にかけていたのだろう。
うまく助け舟を出してくれる。
そして話を振った相手がルークというのも良い人選だ。
近衛隊長、つまりは警護の最高責任者という肩書きは強い信用を生む。
俺とルークが同じセリフを言っても、安心感があるのは後者だ。
そんなルークもリーちゃんの意図を察したのだろう。
間をおかず、力強くうなずき返した。
「皇女様のおっしゃる通りです。我々とは無関係の火事でしょう」
自信がにじむ声音が功を奏したのか、アンの口から安堵のため息が漏れる。
まだ顔色は青いが、血の気が引く程度ですんでいるだけ良しとすべきだろう。
下手をすれば、糸が切れて倒れる可能性も無くはないからな。
そんな思考はリーちゃんも同じ、いや俺よりも早くそう考えていたようだ。
アンを落ち着かせようと、後ろからその肩をそっと抱いていた。
「アン。馬車に戻りましょう。ここにいては兵の邪魔になります」
「わ、分かりました。すみません皆さん。失礼します」
話の輪から外れた2人が、馬車へ向かって歩いていく。
それを見た近衛兵たちは、みな作業の手を止めて腰を90度に折っていた。
王族にしかやらないという最敬礼。
皇女様が近くを通るのに、作業に没頭しているなど失礼、と言うことなのだろう。
当然、早めに作業を終えて出発できたほうがいいのは近衛兵も分かっているだろうが、それでも頭を下げるのを優先している。
改めて皇女様の人望の厚さを感じさせる光景だった。
そんな2人が馬車に入ったところで、残った3人は再び顔を合わせる。
荒れた状況に慣れているメンツ。
これでようやく、本音で話ができる状況になった。
「なぁルーク。他のルートが襲撃されても伝令なんて来ないんだろ?後をつけられたら他の部隊の居場所がバレるもんな」
「貴様……忌々しい奴だが馬鹿ではないようだな」
ルークが気に入らないと言わんばかりに目を細めてくる。
本音で話せるようになったのは俺だけじゃないらしい。
忌々しいはこっちのセリフなんだが、正直今回だけは安心の方が勝った。
実際に伝令兵を走らせていなくて本当に良かった。
ルークはやらないだろうが、こんなふざけた道を皇女様に進ませる国王様なら、伝令を出すよう命令していても不思議はない。
とりあえず最初の懸念はいい方向で解決した。
でもそうなると別の問題も発生してくる。
情報の不足だ。
「ってことはルーク。伝令が来てないから、本当に襲撃されたかどうかは分からないって事だな?」
「そうだ。だが、ハッキリ言って襲撃されている可能性が高いだろう。このタイミングで偶然の大火事など考えにくい。そして最悪の事態は避けられている。あの街を通る予定だったのは囮の部隊だ」
「つまり国王様は無事ってことか」
一応は朗報だが、だからと言って、ならよかったよ。などと短絡的な話にはならない。
囮の部隊だとしても、襲われているのは大問題だ。
まだ出発して2日しかたっていない。
それなのに既に4本のルートの内、ここを含めた2本が襲撃を受けた。
王族の帰還ルートなんて国家機密レベルの情報のはず。
それが敵にバレてるのはあまりに不自然だ。
もちろん、敵がこちらの進行ルートを予想していて、たまたま運悪く当たっている可能性もなくは無い。
だがそれは希望的観測だ。
それならば、森の中なんて普通は考慮にも値しないルートに、あれだけの戦力を置いているのは説明がつかない。
敵はこちらの進行ルートを知っていると考えるのが妥当だろう。
それもこちらが出発する前から。
どこから情報が漏れてる?
俺たちが初日に襲撃を受けていることを考えれば、情報が漏洩したのは出発前。
となれば、1番可能性が高いのは……
「敵に地図を渡した裏切者がいるだろ?近衛兵の中に」
「それはあり得ない。近衛兵は鉄の忠誠心を持っている。裏切りは絶対にない」
返す刀で反論してきたのはルーク。
声量こそ抑えているが、有無を言わせないという意思がヒシヒシと伝わってくるほど語気が強い。
近衛隊長になるまでに、嫌な現実なんて散々見ているだろうに。
裏切りに一度もあっていない、なんてことはないはず。
それでも、ここまで盲目的に仲間を信じられるのは大したものだ。
「へぇ、驚いたな。まるで人の心が見えるような言い方じゃねぇか」
思わず皮肉っぽい口調になってしまう。
だがそれも当然だ。
仮に裏切り者がいないなら、他の手段で情報を奪われたという話になる。
それでは情報管理がザルすぎるだろう。
つまり裏切り者の否定は、自分は無能ですと言っているに等しいのだ。
「なぁルーク。お前はいけ好かねぇ奴だが、仕事ができないわけじゃない。2日だけの付き合いとはいえ、それくらいは分かる。そんなお前が情報を外に漏らすような雑な管理をしてるとは思えない。普通に考えればいるだろ?裏切り者が」
「何度も言わせるな。それはあり得ん。近衛兵は王族の近くで仕事をする性質上、定期的に厳重な検査を受けている。怪しい経歴の者や、危険な思想の持ち主は、その可能性がわずかでもあれば弾かれるようになっているからな」
これは俺の早とちりだったようだ。
てっきり仲間を疑われてキレて反抗しているのかと思っていた。
もちろん少しはそれもあるだろうが、感情任せというわけじゃない。
その厳重な検査とやらの内容は分からないが、ここまで言いきるのだから相当な自信があるのだろう。
とすれば本人に裏切ってる自覚がないとか?
……ダメだ。
いくら考えても、この場で結論は出ない。
「ディアナさ〜ん」
頭を悩ませていたところに、後ろから凛とした声が聞こえてくる。
声の元はこちらへ向かってくるリーちゃん。
アンを無事に馬車へ入れて、戻って来たようだ。
「どうしたリーちゃん?できれば、馬車でアンといてもらいたいんだけど。まだ精神的に不安定だろうし」
「それはディアナさんにお任せします。今日もコイントスで負けてしまったので」
どうやらアンのお守り担当は俺らしい。
っていうか、またコイントスやったのかよ。
人の心がないのかな?この娘達。
つまりまた昨日と同じ、俺とアンのペア、そしてリーちゃんとミラのペアでそれぞれ馬車に乗るということだ。
俺の返事など誰も待たずに、皆がリーちゃんの言葉に了解の意を示し、配置につくため動き出す。
今日も『ギフト』は絶好調のようだ。
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