第17話 灯

深い夜空の中で、散りばめられたように星が輝く。

月明かりがない、夜襲にはもってこいの闇だ。


皇女様やアンは馬車の中で眠っているが、俺とミラはそうもいかない。

敵の襲撃に備え、真っ暗な中での警護だ。


俺とミラはこういった状況に慣れているが、普段は王宮勤めの近衛兵はそうもいかない。

ソワソワと落ち着かない奴がちらほらと目についた。


それゆえというべきか、こちらに気を配れる余裕のある兵士はいない。

これはチャンスと、周りに聞こえないよう小声で、馬車での一部始終をミラに話した。


「……という訳らしい。まぁ、隠し子の詳しい情報は分かってないんだけどな」


「ディアナ。性格が悪い。コイントスでイカサマをした」


思ったよりも鋭い目つきに、思わず声を失う。


仕方ないだろう。あれはお互い様だ。

向こうも俺の『ギフト』につけ込んでコイントスを提案してきたんだから、俺だって多少の細工は許される。


もちろん、こんなことを口にすればウィンド・アッパーの餌食なので黙っているが……。


それに、どれだけイカサマを疑われようと、タネがバレなければシラを切り通せる。


あの場にいなかったミラに仕掛けが分かるはずがない。

つまり、何の問題もないのだ。


「影魔法を使って、握った拳の中でコインの向きを変えた」


「は、はぁ?ちっ、違うから。全然違うからな?何で見てないのに分かったんだよ、とか微塵も思ってないからな?だから全く違う予想をアンに話さないでね?」


いくら付き合いが長いからとは言え、ここまで具体的にタネを明かされては早口にもなってしまう。


このままではあまりに旗色が悪い。


「そ、そう言えば、ミラはリーちゃんから何か聞いたのか?教えてくれよ」


かなり強引だったが、何とか話を切り替える。

ミラもこの話題で俺をからかうのに飽きたのか、小さくため息をついて話の切り替えに応じた。


「さっきまで話の内容を教えようと思ってた。でもディアナの話の後だと驚きが薄くて面白くないから、話すのやめる」


もう『不幸』とかじゃないだろう。

ただ理不尽なだけ。

要は、私の話に面白い反応をしろ、と言外に言ってきているのだ。


「わ、分かったよ。メッチャ良いリアクションとってやる。え゛ぇ゛〜って叫んでやるから」


「そう。なら話す。皇女様って今度結婚するらしいよ。相手はルークだって」


「え゛ぇ゛〜………………は?」


思わず素のリアクションが出てしまった。

人間って本当に驚くと素っ気ない反応をするものだな。


鳩が豆鉄砲を、なんて表現があるが、砲弾をぶち込むと固まってしまうだろう。

それと同じ現象が起きた。


それにしても、人の幸せ話ほど癪に触るものはないな。

爆発してしまえばいいのに。


「ディアナ。性格が悪い。本気で嫌そうな顔してる」


「ま、まぁ、性格が良いとは言えないかもな」


「うん。素直に祝福できないのは最低だと思う」


「……ミラも楽しんでるよね?俺の心を抉って楽しんでるよね?」


しかしなるほど。

だからルークから俺への当たりが異常に強かったのか。


自分の嫁のそばに史上最低のボディガードがいたら、心穏やかではいられないだろう。

首を締め上げるアイテムを不意打ちでつけたくもなるさ。


……いや、やっぱそこはおかしいな。


人として超えちゃいけない一線があるだろう。

契約の首輪を無理やりつけるなんて。


アイツは人間失格だよ。


……そうだ。


皇女と結婚するってことはルークは未来の王様。

もっと脅せば金が落ちるんじゃないか?


例えば『雇ったボディガードに、不意打ちで契約の首輪をつけたって諸外国に言いふらしてやろうか?』とか言って。


グヘヘへッ。金の匂いがしてきたぞぉ。


「ディアナ。また悪い顔してる」


「べ、別にぃ?お金のことなんて考えてねぇよ?俺の心は磨かれた鏡のように、一点の曇りもないからな」


冷たい視線がグサグサと突き刺さる。

新婚さん相手に金をせびるなんて、モラルとか以前に人として最低よって目だ。


俺は最低な人間だから別にいいんだけど。


というか、そもそもミラの話が本当かも怪しい。


近衛隊長という役職は、長い年月をかけて血の滲むような研鑽を積んだ末に手に入るもの。

いわば武人の役職で、政治的権力はそれほど強くない。


王族と結婚するには格が足りないはずなのだ。

どうやって他の貴族を納得させた?


「ミラ。もしかしてルークは変わり者か?実は大貴族の一員だけど、政治より戦いの方が好きな戦闘狂の変態とか?」


「半分あたり。ルークはフラン公国の公爵家の4男なんだって。民を想う皇女の姿に惚れて、1人でエイス王国に来たみたい。近衛隊長になったのは、そんな皇女を守りたいってたくさん努力したから」


あまりルークのことで感心なんてしたくないが、これは素直に拍手を送らざるを得ない。


他国じゃ近衛隊長なんて若くても40代。

20代でその地位に就くのは並大抵の努力では不可能だ。


そして近衛隊長になるには実力だけが問題ではない。

最も大きい壁は国籍。


外国の人間が、王家の守護を任されるほどに信用を得る難しさは想像を絶している。


仮にフラン公国とエイス王国が争いになった際、間違いなくエイス王国側として心身を捧げてくれると周りが確信するレベルの信用が必要なのだ。


それはつまり、祖国に残っているであろう親や兄弟などの肉親、そして積み上げてきたもの全て切り捨ててエイス王国にいるということ。


いけ好かない男なのは変わらないが、皇女様への心だけは信用できそうだ。


「なるほど。流石にフラン公国の王家出身なら、エイス王国の貴族も納得したわけだ」


「そういうことみたい。それにエイス王国とフラン公国は友好的な関係。2人が結ばれれば更に強い繋がりができるから……」


「政治的にも万々歳か」


めでたい話だが、俺の頭の中ではモヤが広がってきている。


ここにきて犯人候補がもう1つ出てきてしまった。

エイス王国とフラン公国が仲良くなって困る国。

つまり……


「カードル帝国の刺客、だよねディアナ?」


「察しがいいなミラ。その通りだよ。エイス王国と国境紛争中のガードル帝国からすれば、2国の関係強化は気に入らないはずだ。阻止のため、皇女暗殺に動いても不思議はない。それに帝国が暗躍してるなら、敵の強さもに説明がつく。整った装備に徹底した身元の隠し方。帝国に鍛えられた兵士なら納得だ。『国賊に死を』も……まぁ敵国の皇女だからな。カードル帝国からすれば国賊と言えなくもない」


最後の一言はちょっと無理がある気もするが……。

まぁ視野を広く保っておくのは悪くないだろう。


敵は帝国か、あるいは王様の隠し子か。

いずれにせよ国家が揺れるような一大事だ。


正直、一介のボディガードには手に余る。

このレベルの問題はもはや政治案件だ。


本当は『史上最高のボディガード』に依頼されるはずだった依頼だから、仕方がないと言えばそれまでだけど。


とはいえ、その分だけ報酬は期待できる仕事だ。

いまさら手を引けるわけでも無いし、ここは腹をくくるしかない。


「とにかく、まだまだ情報が足りない。ミラも引き続き調査を頼む。特に金と人。この2つは闇が深い」


ミラに話しかけた俺の声は、なぜか夜の森に溶けていく。

あれ?何で返事がないんだろう。

いつもなら無言で頷いてくれるのに、ただ一点を見つめてぼーっとしている。


「あの……ミラ?」


「燃えてる」


「え?」


「ほら、あそこ」


前方の空を指すミラ。

確かにほんの少し空が赤い気がするが、遠すぎてよく分からなかった。


「飛んでみれば分かりやすい」


そう言ってミラは俺の方に手を置く。


体がフワリと浮き上がり、緑の葉が上から下へ流れていった。


緑一色の視界は、木々の高さを超えた瞬間一気にひらく。

そこには……


「おいおい、あれって……まさか」


遥か彼方にある小さな町。

そこで燃え盛る炎が、真っ黒な夜空をほんのり赤く照らしていた。


街道は、国王が進むルートを含めて3つのルートがあったはず。

そして出発したのは俺たちと同じタイミング。


ここから見える距離の街にいたとしても不思議はない。


最悪の可能性が、走馬灯のように頭の中をよぎる。

エイス王国は、その頂点を失ったかもしれなかった。

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