第16話 貴族社会のしきたり
コイントス
拳に握られたコインの裏表を当てるだけの単純なゲーム。
普通は勝率が2分の1となるが、俺は『ギフト』のせいでこの手のゲームには勝てない。
ただし、何もしなければという条件付きだ。
「さぁ、どっちだ?」
金貨を握った拳をアンに突き出す。
俺がコイントスに応じると思わなかったのだろう。
目をパチクリさせ、視線を俺の拳に向けた。
「え、えっと……表です」
真っ黒な拳を開き、中の金貨をアンに見せる。
上を向いていたのは……
「えぇ?ど、どうして……」
アンの困惑の声で、手元を見ずとも結果がわかる。
最初に質問できるのは俺のようだ。
「さて、それじゃ昨日の襲撃の話をしようか」
アンが目を丸くしている隙に、本題へ切り込む。
まずは、こんなゲームでなければ聞きづらかったであろう話からだ。
「さっきミラから聞いたんだが、とある敵が死ぬ間際にこう呟いたらしい。『国賊に死を』。これどういう意味だと思う?」
俺の言葉を聞いた瞬間、アンの視線がフッと下に落ちる。
あまり隠し事が得意なタイプではないらしい。
心当たりはあるが話したくない。
でも上手く誤魔化せる自信がないから、追及から逃れるように視線を逸らしてしまう。
そんな感情がよくあらわれた反応だ。
このタイプは強く迫られると、萎縮して口を閉ざしてしまうことが多い。
ここは軽めに一押し。
語気を弱めて、こちらはお前が何か隠しているのを知っていると、暗に伝えるのだ。
「いいかアン?敵は皇女様相手に襲撃を仕掛けてるのに、こっちを国賊呼ばわりだ。普通に考えればトチ狂ってるように思えるが、もしこれが正しいとするなら、皇女様は国賊ってことになる。言っておくが、俺は皇女様を全く疑ってない。だけどアンには思い当たる節があるだろう?誤解されてしまうような何かに」
固く一の字になっていたアンの唇が、少しづつ柔らかい曲線に変わっていく。
だが、まだその口が開くには至らなかった。
「アン、よく見ろ。俺にはこれがあるだろ?」
自分の首に巻かれた金属を、人差し指でコンコンッと叩く。
ルークにつけられた忌々しい首輪だ。
「裏切ったら首が締まるんだ。俺はなんでも言うことを聞く犬みたいなもんだよ」
「そ……そうですね。首輪があるなら」
まさかこの忌々しい首輪が最後の一押しになるとは。
人の首を絞めるアイテムを見て安心しているアンもアンだが、とにかく話す気にはなってくれたようだ。
身を乗り出して俺の耳に顔を近づけてくる。
2人しかいない馬車でそこまでするところからも、聴かれたくないと言う感情が滲み出ているようだった。
「この話は、誰にも言わないと誓ってください」
手が、喉が、声が震えている。
喉から針でも抜くような痛々しい声だ。
「……王家には、その歴史から抹消された子がいるそうなんです」
「ほぅ?もう少し詳しく」
「えっと……王家の血を引きながらも、その存在が認められなかった子供がいるってことです。その子は王家の正統後継者の座を狙っていると」
要は、王様には隠し子がいるらしい。
「まさか、庶民との子だったり?」
コクリと頷くアンに対して、思わずため息をついて頭を抱える。
控えめに言って最悪の事態だ。
俺にとってはもちろん、エイス王国にとっても。
どの国でも、王族はその血縁を徹底的に管理される。
それは王族の血が国を崩壊させかねないからだ。
いい例が王族と一般人の結婚だ。
身分違いの恋なんて話は美談として語られることも多いが、これはあくまで一般人の見方。
国の運営をする貴族の立場になってみると、その印象は全く変わる。
想像してみてほしい。
国のためにたくさん働いてきた真面目な貴族がいるとしよう。
何代にも渡って王家のために尽くし、家の格や役職を上げてきたとする。
そんな貴族の目の前で、国王が庶民の娘と結婚しました。
つまり何の努力もしていない町娘が、急に自分より格上の立場になったと言うこと。
しかも庶民の娘なんて大した教育を受けていないので、社交の場や政治的な判断で、驚くような初歩的ミスをしてしまうのは当然。
その尻拭いをさせられるのは貴族だ。
余計な仕事ばかり増えていき、上の席は元庶民の子供たちが座っていく。
自分たちの子孫が座る席はない。
王家への忠誠心が薄れていくのは想像に難くないだろう。
そんな国を支える貴族の離反が、やがて国の崩壊へつながっていくのだ。
こういった事態を避けるため、王族の結婚相手は基本的に貴族となる。
大臣や軍部の司令官など、それだけ国に貢献している家の娘ならば、と他貴族が納得する者から選ばれるのだ。
なのにエイス王国の国王は……。
「はぁ……もうちょっと節操を持ってくれよ国王様」
アンタのせいで俺が大惨事の尻拭いだ。
そう言う事情なら、こちらが国賊と呼ばれたのも一応は納得ができる。
自分こそが正当な王位後継者で、今の皇女は不当にその座に収まっている国賊だ、という理屈だ。
賊、って表現は過剰ではあるものの、政治的宣伝は強く印象に残る言葉を使ったほうが効果的だからな。
もちろんまだ隠し子が絡んでいると確定したわけではないが、検討に値する可能性と言えるだろう。
思ったよりもいい話が聞けた。
「分かったよ。貴重な話をありがとうな。あとは、そいつの名前とか特徴とか分かるか?何でもいい。知ってることを教えてくれ」
「えっと、国王様は『アルフ』と呼びかけるように呟いてました。それ以外はよく聞き取れなくて……」
場の空気に流されて、続けざまの質問に素直に答えてくれる。
呼びかけるってことは名前だろうか?
語呂からしておそらく男。
庶民だったことを考えれば、魔法の教育は受けていないはず。
何も分からなかった所から、随分と前進した。
「ありがとうアン。それだけ聞ければ十分だ。それじゃ、ゲームに戻ろうか」
あと1つだけ聞いておきたい事がある。
下手をすると、これは敵の正体よりも重要な情報。
皇女の護衛の成否を左右しかねない。
もう一度コインを指ではじき、空中で掴み取る。
俺が勝ちなのは確定なのだが、一応やっておかないと文句が出かねないからな。
「裏です…………ど、どうして連続で外れるんですかッ⁉︎」
「コイントスなんだから、そんなこともあるだろう。俺からは最後の質問だ。アン自身の話を聞きたい」
「な、なんですか?」
アンの背中が壁に触れる。
よほど聞かれたくない事があるのか、ひどい身の引き方だ。
俺が嫌われてる訳じゃない。
……多分。
「簡単な質問だよ。最近、吐き気とかない?」
「え?」
「だから健康診断だよ。たくさん寝てるのにダルいとか、吐き気がするとか、朝起きると気分が悪いとか。ない?」
馬車の中が、重苦しい沈黙で持たされる。
だが、いきなり何の質問だ?といった雰囲気ではない。
答えたくない。だが自分から提案したゲームのルールは破りたくない。
そんなアンの葛藤が作り出した沈黙は、しかし良心の勝利で決着した。
「その症状は……あります。でも近衛兵には言わないでください。心配させたくありません」
その顔は悔しさを滲ませるよう。
足手まといになっているという思い込みだろう。
眉間にシワを寄せ、潤んだ瞳の奥で強い光を放っていた。
自分の体調が悪いのに、他人を気遣うこの心意気。
アンの持つ優しさが表れているようだった。
「あの、『黒猫』さん。無茶かもしれませんか、どうか皇女だけでなく、兵士たちも守ってあげてください。一人一人に、帰りを待っている家族がいるんです。こんな王家のくだらない争いで、亡くなっていい命じゃありません」
震える声が鼓膜から伝わり、思わず心が揺らされる。
その心の揺れが体を内から震わせ、俺の全身に鳥肌が浮き出た。
これほど言葉に力が籠るほど兵士に思い入れがあるとは。
兵士の中に親しい友人でもいるのだろうか。
もしそうではなく、本当に生来の思いやりの深さなのだとしたら……。
これから先、アンにとっては厳しい展開が続くかもしれない。
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