第15話 運試し
「アン。皇女としての命令です。私に従いなさい」
「嫌です。今回は私のわがままを通させていただきます」
死体の片付けも終わった馬車の外で、美女2人がバチバチと火花を散らしている。
もちろんそれは比喩表現で実際に火花が飛んでいるわけではない。
それほど対立しているという意味だ。
「いや困ったね。モテるのは辛いよ」
「ディアナ。それは勘違い。早く正気に戻って」
「いいじゃねぇかよ。たまには夢を見させてくれ」
2人が争っている理由。
それは俺が、アンと皇女のどちらを護衛するかで対立しているのだ。
アンに至っては、もう牙を剥きそうな勢いで皇女様を睨んでいる。
普通のメイドはそんなことしないだろうに、もう我を通すことに夢中だ。
「皇女様の護衛はミラさんが適任です。明らかに『黒猫』さんより強いんですから」
「アン。私にはルークもついています。ミラさんとルークが私の護衛で、アンの護衛がディアナさんだけでは心もとないでしょう?」
何も難しい会話ではない。
アンはリーちゃんを、リーちゃんはアンを思うあまり、自分のボディガードは弱くていいと俺を押し付け合っているのだ。
あれ?
なんか口の中がしょっぱいな。
目から水も垂れてきた。
……この喧嘩いつまで続くのかな。
……帰っていいかな。
「はぁ……アンの言い分はわかりました。お互い一歩も引けないなら、ここは平等に決めましょう」
「いいですよ皇女様。どんな結果になっても、恨みっこ無しですからね」
そう言ってアンが取り出したのは1枚の金貨。
どうやらコイントス、つまり運に全てを委ねることにしたらしい。
不幸を呼ぶ俺の前で運試しとは何の嫌がらせだろう。
もちろん、そんな心の声が2人に聞こえるはずもなく、指に弾かれたコインは無常に宙を舞う。
そして2人のうち片方は頭を抱え、片方は天に向けて拳を掲げた。
そんなわけで今、馬車の中で俺の正面に座っているのは……
「いやー私って運が強いですね」
得意げに胸を張るアンだった。
「お前らホントに容赦ないよな。俺は心の中で号泣してるよ」
「いいじゃないですか。これで皇女様は安全なんです。それとも、私と2人きりは嫌ですか?」
思わず乾いた笑いをこぼしながら首を振る。
嫌というか、まずいのだ。
俺と一緒になる奴をコイントスで決めるのは。
俺の『ギフト』の影響が出ているとすれば、アンと俺が一緒にいるのは不幸な状況ということになる。
この場が平穏無事に終わるはずがない。
「そうだ『黒猫』さん。私とゲームをしませんか?」
ほら早速だ。
こんな突然ゲームの提案って。
絶対俺にとって都合のいい展開じゃない。
そんな俺の気持ちなんて全く知るよしもないのだろう。
アンはニコニコしながら、先ほどの金貨を取り出した。
「コイントスです。負けた方は勝った方の質問に正直に答える。面白そうでしょう?」
「……アン。さては俺の『ギフト』についてリーちゃんから聞いたな?」
「その質問には、『黒猫』さんがゲームに勝ったら答えますよ」
柔らかい笑顔でエグい事をしてくれる。
運試しで俺が勝てるはずがないのを分かった上で提案しているのだ。
ここを単なるゲームだと割り切れれば楽なのだが、残念ながらそうもいかない。
人間、他人には言えない秘密が1つや2つあるものだ。
言えないとは、知られると恥ずかしいとか、消し去りたいほど辛いとかいう感情面の事情ではない。
知ってしまったら、アンが更なる不幸に巻き込まれるかも知れないという、現実的な話だ。
とはいえボディガードは客商売。
クライアントとの関係は良好に保ちたいし、何よりここでムキになって突っぱねるのは大人気ない気がする。
ここは災い転じて福と成す、だ。
俺も『ギフト』に振り回されてばかりじゃない。
それにルークとリーちゃんから情報が聞き出せない今、アンが最後の希望とも言える。
このゲーム、存分に活用させてもらうとしよう。
「いいよ。その勝負乗った。ただ、金貨に細工がないか確かめさせてもらうぜ?」
疑われたことに腹を立てたのか、アンが頬を膨らませて金貨を渡してくる。
何ともお茶目な仕草に思わず気が抜けたが、とにかくアンから金貨を受け取る事には成功した。
たったこれだけだが、もう俺の仕掛けは終わった。
これで勝負は運に左右されない。
「それにしてもなぁ……」
ただのコイントスで金貨を使うなんて、世間知らずというか何というか。
一般人と比べて、金に対する感覚がズレているらしい。
一応、細工がないか確認という建前で金貨を受け取ったので、マジマジと見つめるフリをしてみる。
重さで本物の金貨なのは分かるのだが、これはどういうことだろうか。
金には詳しい方だから分かる。
この金貨がエイス王国で発行されている金貨でない。
外国の金貨をコイントス用に持っていたのだろうか。
……わざわざ?
「アン。この金貨って、どこで手に入れたんだ?」
「王宮の金庫から持ってきました。ボディガードの依頼に必要だと思って。慌てて出てきちゃったので、違う金貨を持ってきちゃったんですけど」
「あぁ、そう言うこと。……とりあえず、何も細工は無いみたいだな。それじゃ早速ゲームを始めよう」
アンに金貨を返さず、そのままコインを指で弾く。
宙に舞う金貨を掴み取り、そのまま拳をアンの前につきだした。
「さぁ、どっちだ?」
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